【抄録】「日経サステナブル総合調査 スマートワーク経営編」結果解説セミナー
新たな枠組みで開始した「日経サステナブル総合調査 スマートワーク経営編」の結果解説と先進的な企業の事例を紹介するセミナーを開催しました。
新たな枠組みで開始した「日経サステナブル総合調査 スマートワーク経営編」の結果解説と先進的な企業の事例を紹介するセミナーを開催しました。
今回の調査では、全上場企業と従業員100人以上の非上場企業830社から回答があり、日経リサーチ・コンテンツ事業本部編集企画部長の堀江晶子が調査結果の概要を報告した。
「今回の調査から評価のフレームワークをリニューアルし、『人材活用力』、『人材投資力』、『テクノロジー活用力』の3分野で評価。より人材に特化した内容となった。回答のあった企業のうち、偏差値50以上の企業は440社、偏差値70以上の企業は11社で、人材投資力で高評価の企業が多かった。
人的資本について、7割以上の企業が自社のありたい姿から人材戦略を策定し、開示している一方、経営戦略と人材戦略のつながりが見えた企業が少ないのが現状だ。女性管理職比率は、調査を行ったこの8年間で着実に増加している。管理職へのなりやすさの男女格差は4.4倍程度で、部長級を除いて縮小している。また、男性育休についてはこの数年で取得率が急上昇し、約半数の企業において少なくとも1週間以上は育休を取るという人が多数派になってきている。定年延長の導入企業は全体の4分の1程度に増加したが、職種や従業員本人の選択ではなく、継続雇用か否かで二極化している。雇用の流動性については、中途採用が増加した。
教育研修への投資は増加傾向にあり、部門ごとの研修など実態の把握も進んだ。評価が高い企業の研修時間が長い傾向があり、リスキリングやITスキルなどの研修が増加している。
出社と在宅のバランスを見ると、出社回帰が着実に進んでいる一方、週に0.5から2回程度の実施は安定し、上位企業はハイブリッドワークを定着させている。
また今回調査の注目トピックとして、生成AIの活用を調査した。ガイドラインを設けた上で全面的に利用可能にしている回答が非常に多く、積極的に導入している状況が明らかになった。
情報開示の浸透で、今後はより表面的でない実際の内容の開示や、実効性を上げる取り組みができているかといった部分が一層注目されるだろう」。
経営戦略と人材戦略を連携した先進的な事例として、富士通取締役執行役員SEVP CHROの平松浩樹氏から自社の取り組みが紹介された。
「富士通は2019年の社長交代を機に、ビジネスモデル、カルチャー、目指すべき人材像などについて大きく変革し、2020年にパーパス『イノベーションによって社会に価値をもたらし世界を持続可能にしていく』ことを策定した。
経営戦略と連動して戦略的に人材投資をしていく、人的資本価値向上モデルを策定した。具体的には、会社のビジョンや事業戦略を実現するための人材ポートフォリオ策定や人材要件の定義、獲得・育成の戦略からなる「成果を生むための取り組み」と、DE&I、エンゲージメントなど「持続的効果を生むための取り組み」をそれぞれ整理し、人的資本経営のストーリーを組み立てた。
これまでの日本の企業は、将来あるべき人材ポートフォリオを解像度高く描いて、キャリアオーナーシップによる人材流動性と掛け算することで大胆なリソースシフトをすることができていなかった。そこで将来の人材ポートフォリオを描くために、事業ポートフォリオとして、事業のセグメントとグローバルな地域から3年や5年のスパンで成長プランを検討した。この事業ポートフォリオにあわせて、伸ばすべき、あるいはスリム化すべきロール(役割)を整理した。地域と人材のロールの観点で、人材を獲得するための人材マーケットについても整理した。さらに人材ポートフォリオ実現に向けた施策を具体化し、投資とKPIで効果を見ていく。
キャリアオーナーシップをいかに高めるかを重視し、さまざまな仕組みを構築し、機会を提供している。FLX(Fujitsu Learning Experience)では、多様な学びの機会と選択肢を用意。また、ポスティング制度を大幅に拡大し、社員が目指すべきジョブに手を挙げて異動できるようにしている。
データ活用について、どの施策がどこに効いているか関係性を分析し、得られた示唆を社内展開している。例えば効果的なエンゲージメントの向上には、どのような施策が効果的なのか富士通のテクノロジーを使って因果関係を分析している。また働き方のモデルケース策定のため、行動のデータと人事や評価のデータを掛け合わせてAIを使って因果関係を分析。イノベーティブな生産性の高い組織や成績優秀者は、部門を超えた多様なつながりを持っていることがわかった。多様なつながりを作るための行動、働く場所、時間の創出など、行動変容につながるプロセスを大事にしながらデータを活用し、取り組んでいる。
ポスティングの応募は富士通グループ国内全体8万人のうち、4年間で2万7千人に達し、1万人が異動した。キャリアオーナーシップに向けたオンデマンドの学びが4年間で4~5倍に増えている。
人材ポートフォリオの変化に合わせて、主体的な人材の流動性が高まってきていることがデータ分析から見えてきた」。
中外製薬の人的資本経営について、上席執行役員 人事、ESG推進統括 矢野嘉行氏が同社の取り組みを紹介した。
「中外製薬は1925年に創業し、2002年にロシュとの戦略的アライアンスを開始。創業時の『患者さんと人々の健康に貢献する』の意志を受け継ぎながら、時代の変化に応じてビジネスモデルを変化させている。現在、2030年に向けた成長戦略として『TOP I(トップ・アイ)2030』を掲げ、ヘルスケア産業のトップイノベーターを目指している。
TOP I 2030の成長戦略実現に向けて、『3つの個(描く・磨く・輝く)』を人材マネジメントの方針とし、次の6つの人事戦略を設定している。
『個を描く』では、①ポジションをデザインし、適財を獲得、アサインする。②年齢、属性に捉われずに挑戦し、役割・成果に応じたメリハリある評価・処遇を実現する。
『個を磨く』では、③上司・部下のチェックインによるフィードバック文化の構築、④ラーニングマネジメントシステムの拡充による自律的な学び成長の支援を行う。
そして、『個が輝く』では、⑤働きがい改革、D&I、健康経営の推進による活躍社員の増加、⑥部門の枠を超えてイノベーションを満たす組織風土と全社体最適に向けた協業連携の施策を進めている。
具体的には、求めるレベルを満たす人材を適所適材であるポジションマネジメントを実現するために、2020年からジョブ型人事制度を導入。タレントマネジメントと連動させることで、グローバルトップクラスの人材の獲得、育成、配置を目指す。自らを磨いてキャリアを開発する社員のチャレンジを推奨している。
挑戦を後押しするために、ポジションの人材要件を十分に満たしていなくてもアサインを可能とするチャレンジアサイン制度や、部門から募集をかけて中外グループ全ての人材が応募できる社内公募を進めている。
ジョブ型人事制度では、目指す姿をジョブ型の中で描き、そのギャップを把握して自律的に学ぶ。それを仕事に生かしてフィードバックを得て、キャリア開発を進めていく。この学びのキーワードは、主体的、学びの方向性、相互研鑽だ。コアスキルを土台として専門性を高めるアップスキリング、別分野での新たなスキルを獲得するリスキリング、マネジメントと専門性を活かした組織経営のクロススキリングと、学びの方向性を示した。
Chugai Digital Academy(CDA:中外デジタルアカデミー)は、推進基盤となるデジタル人材の育成強化をし、社外の還元を通じてブランド力、採用力の強化のサイクルを回していくものだ。CDAではデータサイエンティストとデジタルプロジェクトリーダーを定義し、これまで約250名を超える人が卒業し、現場で活躍している。社外のグローバルでの業務を通じて実践的なスキルを獲得する留職プログラムや越境プログラムも拡充している。
会社のビジョンや目標の実現に向けて自発的、能動的に行動する活躍社員の育成にも取り組む。会社と社員の両方のコミットメントにより、共に成長していくことを目指す」。
パネルディスカッションでは企業事例の発表者に加え、慶應義塾大学商学部の山本勲教授、学習院大学経済学部の滝澤美帆教授がパネリストとして登壇し、慶應義塾大学大学院商学研究科の鶴光太郎教授によるコーディネートによって議論を深めた。
鶴教授(以下、鶴):人的資本経営とそれを支えるテクノロジー活用の実践例が紹介された。コメントや質問をお願いしたい。
山本教授(以下、山本):人的資本経営の実践としてテクノロジーを活用した、まさに最先端の事例だ。富士通の例では、データをもとに見える化をして、分析し、行動変容を起こす。さらにその結果を「見える化」して改善するサイクルを回していくという着実な人的資本経営を実践されていると感じた。苦労した点があればお聞きしたい。
富士通 平松氏(以下、平松):以前はいわゆる従来型の日本型人事の仕組みやカルチャーだったため、行動変容をして組織全体が変わっていくのは並大抵ではないと覚悟した。また、長年同じ組織の中にいると、会社の本気度がわからない、何をしていいかわからないこともある。ジョブ型に移行し、様々な社員が年齢に関係なくポスティングに挑戦したり、学んだりしている事実を可視化し、情報発信した。それが勇気につながり、他の社員の行動を変えていった。データを可視化し、社内外にどんどん情報発信することが重要だ。
滝澤教授(以下、滝澤):両社とも組織パフォーマンス向上の要因を特定して、効果的な改善を実現している。今後、さらに改善していきたい点について聞きたい。
中外製薬 矢野氏(以下、矢野):人的資本の最大化は、ロングジャーニーであり、永遠に取り組み続けるものだろう。どのスキルが成長につながるかは、会社や環境の変化に対応し、タイムリーに変えていかなければならない。おそらくAIも活用してジョブを定義し、課題設定してスキルを自動的に特定していくようになるのではないかと考えている。
滝澤:人的資本に投資し、流動性が高まると、他の企業に移ってしまうというのではないかとの危惧がある。それについてはどう考えるか。
平松:社内で人材が流動するようになった現在、転職率が高くなったことはなく、あまり変わらない。さまざまなキャリアに挑戦する機会が、求心力になっているのではないか。
矢野:数年前から、以前、勤務していた人が退職した際に登録しておき、中途採用があれば優先的に伝える仕組みを作った。日本の中で、そうした人材のエコシステムを作ることも大きなテーマではないだろうか。
鶴:今回のテクノロジー活用では、AIの具体的な活用例が見えてきた。一方で、今後の課題をどう捉えるか議論が求められる。
山本:AIの活用が進むと、人の能力が退化する部分があるのではないか。AIが作ったものが良いのかどうか、経験がない若手や学生が判断できるのか。大学教育でも課題となっているが、どうお考えか聞きたい。
矢野:製造業にとって技術は、非常に重要だ。技術やサイエンスを理解し、ロジックがあってこそイノベーションを生み出せる。経営戦略で外製戦略があるが、外製により組織が弱体化する場合がある。若手の育成戦略が今後、ますます重要になるだろう。
鶴:今回の講演で感じたのは、両社で共通するパーパスの重要性だ。パーパスを定めて、個人のパーパスに落とし込んでいる。その上で自律的なキャリアオーナーシップとして自ら学ぶ仕組みを作る。そこから企業と人の成長の好循環が生まれていくのだろう。