2023.12.15

「第7回 日経スマートワーク経営調査」結果解説セミナー

2023年12月、変化する時代とビジネス環境において、企業がどのような取り組みを行っているかを調査し、報告とともに先進企業の事例を紹介する「第7回 日経スマートワーク経営調査」の結果解説セミナー(主催:日本経済新聞社、日経リサーチ)を開催した。

人事制度を整え、根付かせるフェーズに

今回の調査では全上場企業と従業員100人以上の非上場企業834社から回答を得た。冒頭に日経リサーチ・コンテンツ事業本部編集企画部長の堀江晶子から調査結果概要を報告した。

 「回答企業が毎年増加し、星3つ偏差値50以上の企業は419社、星5つ偏差値70以上の企業は22社となった。

時系列での推移としては、女性管理職比率(ライン職)は7.9%となり、女性管理職比率が1~3%未満の企業が減ってきた。また女性社員の増加や定着率アップといった段階は過ぎ、管理職を増やすフェーズへと進んでいる企業が多いことがわかった。男性育休取得については動きが大きく、連続1週間以上や一か月以上の長期の取得が増え、制度利用が広がってきている。

 人材投資については、金額ベースでコロナ前の水準に戻ってきている。ただし、オンライン研修が増えるなど、コロナ以前と内容的には異なる。研修時間が増えた企業にその要因を聞くと、IT人材育成や自律的な学びを助ける研修、リスキリング要素が強い研修が目立った。従業員が自ら選べるカフェテリア型研修も増加しており、会社主導の階層別に全員受講の従来型よりも費用対効果が高まることが期待できる。

 そのほか伸びている項目は、定年の引き上げ、メンタルヘルス不調の防止、AIの活用状況などだ。AI活用の伸びには、生成AIの普及が大きく影響していると思われる。活用ガイドラインを作成した企業が急増、今後もこの動きに着目していきたい。

 人材活用に関する自由記述では、コロナ禍が収束し出社回帰が増える中、新たなコミュニケーション方法を模索する回答も目立った。ユニークな取り組みでは、イノベーション創出として、これまでの大企業にはない新たな発想を取り入れる動きが見られた」。

キャリア自律によるリスキリングとジョブ型の推進:日立製作所

先進的な取り組みを行っている企業事例として、日立製作所・人財統括本部HRストラテジー・コミュニケーション部長の岩船昭博氏より自社の取り組みが紹介された。

日立製作所・人財統括本部HRストラテジー・コミュニケーション部長 岩船昭博氏

「日立製作所は1910年に創業し、優れた自主技術と製品の開発を通じて社会に貢献することを企業理念としている。現在、デジタル化の進展に合わせて、製品・システムの提供から、データを活用したサービス、ソリューション提供へと事業内容が変わってきている。

 ビジネスの転換点となったのが、2009年3月期の最終損益7873億円の赤字となった経営危機だ。データを活用して社会やお客様の課題を解決する社会イノベーション事業にトップダウンでシフトし、グローバル展開へと舵を切った。現在、お客様のデジタル化を加速するための、日立の先進的なデジタル技術を活用した「Lumada事業」を進めている。グローバル事業については、海外売上比率が2000年度の約3割から2022年度には約6割に、海外の社員数は2000年度の約2割から2022年度の約6割に増加。現在の海外社員約21万人のうち約半数が、2019年からのM&Aで増加した社員だ。

 このように事業転換とグローバル展開により、求められる人財と組織が大きく変化している。多様な国籍の人々が、ワンチームで仕事をする。お客様の経営課題を的確に捉え解決策と提案できるプロアクティブで自立した人財と、その文化を持つ組織が求められ、Lumada事業を実現するデジタル人財の確保、育成が急務となっている。

 人財育成の施策として、社内大学である日立アカデミーを2019年に設立した。全社員へのデジタルリテラシー向上を目的に、日立アカデミーによる研修プログラムを提供。その上のデジタルスキルについては、ベーシックレベルとプロフェッショナルレベルに分け、デジタル事業専門の研修プログラムと職場のOJTで育成している。

 グローバルにワンチームでビジネスを進めるには、従来のメンバーシップ型からジョブ型への転換が求められる。職務を「見える化」した上で、個人の経験と会社のニーズをマッチングして適所適財を実現したい。これまでに日立グループ全体で6万のポジションをジョブディスクリプションとして設定し、人財マネジメントシステム「Workday」を使って公開。24年度までに16万人に拡大予定だ。従業員が参照してどのようなスキル、経験を獲得するかを個々に考え、実行できるようにした。リスキリングでは、学習体験プラットフォーム「LXP」を2022年に整備。本人が望むスキルを登録すると、AIが従業員の学習履歴を分析し、最適なコンテンツを推奨する。

 変革を進める中で、トップからの経営メッセージの発信、上長と部下の対話、Eラーニングの活用を通じて、コミュニケーションを重視している。社員からジョブ型に関するアイデアを募集して施策化したり、社内のキャリアエージェントによる支援の仕組みづくりを行ったりなど、意識改革と行動変容を促す施策にも取り組んでいる」。

リスキリングと人事制度の変革で人的資本経営の好循環を目指す:三菱UFJファイナンシャル・グループ

三菱UFJファイナンシャル・グループ/三菱UFJ銀行からは、人事部部長 兼 ダイバーシティ推進室長の上場庸江氏が、同社の取り組みを紹介した。

三菱UFJファイナンシャル・グループ/三菱UFJ銀行 人事部部長 兼 ダイバーシティ推進室長 上場庸江氏

「デジタルシフトなど事業のありようが足元から変わっていく時代にあって、組織としての事業競争力を上げるためには、社員一人ひとりが駆動力を上げることが必須である。人材育成やリスキリングなど人的資本への投資によって、個人のモチベーションや組織エンゲージメントが向上、それが変革への意欲とパフォーマンスの拡大につながる。結果的に事業競争力の強化やROE向上等、財務指標の改善を実現するという好循環が期待される。この人的資本経営の考え方のベースにDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)を据えている。

 変革をリードできる人材は、高い人間力とスキル・専門性をもったプロフェッショナルと定義し、育成と制度の改革に取り組んでいる。事業領域の変化をとらえて組織をリードできる人材輩出を後押しするために、来年度24年4月以降、特定領域で高度なスキルや専門性の発揮を期待する「Ex(エキスパート)」職を新設。専門性を追求していくジョブ型で、マーケットバリューも考慮した処遇設計をしていく。25年度には、総合職とBS職(一般職)のコース区分の廃止を予定。コースによる垣根をなくし、誰もが実力本位で職務をベースに成長・挑戦できる環境を整えていく。BS職(一般職)に多かった女性社員が、同じ土台で高みを目指し、働き甲斐を得て活躍できる環境を目指す。

 社員の自律的な行動変容を促す枠組みとして「CODOプログラム」を用意した。「知る、考える、計画する、挑戦する」ことを後押しする仕組みを提供している。たとえば「ミルシル」では、業務の内容を「見て、知る」ことを目的とした応募ポストだ。半日、1日の短期で利用できる。「JOB図鑑・キャリアすけっち」では、さまざまな業務の内容やスキルに加え、キャリアパスのモデルを知ることができる。

 チャレンジを促す仕組みとしては、「JOB Challenge」(公募)があり、2022年度は行内から1000名を超える応募があり、約半数が異動を実現した。若手が職責の高いポストにチャレンジできる「Position Challenge」、銀行業務と併行して取引先のスタートアップ企業に出向できる「オープンEX」制度や、自らアイデアを提案しプロジェクトリーダーとなる制度もある。

 個人のキャリアニーズに寄り添ったスキルアップ機会の提供や人事制度改定により、多くの人が活躍する土台を整えたいと考えている。

パネルディスカッション:自律的な個人とコミュニケーションがリスキリングの成功のポイント

 パネルディスカッションでは企業事例の発表者に加え、慶應義塾大学商学部の山本勲教授と、学習院大学経済学部の滝澤美帆教授がパネリストとして登壇し、慶應義塾大学大学院商学研究科の鶴光太郎教授によるコーディネートで議論を深めた。

鶴教授(以下、鶴):2社の発表は先進的な事例であり、中心的なテーマはリスキリングだ。コメントをお願いしたい。

山本教授(以下、山本): 共通するのは、変化と個人への対応だろう。環境変化に対し、人事制度の変革が必要だとの意識が、原動力となっている。そこで個人に注目した点が、時代を考えた上での方向性だと感じた。リスキリングについて、トップの意思なのか、ボトムアップなのか、また特定の部門が先導しているのかを聞きたい。

日立製作所・岩船氏(以下、岩船):経営危機の際はトップマネジメント主導で構造改革が進められた。数年経ち、現場視点の改革が必要だとシフトし、現在のリスキリングを含む改革では、トップダウンに加え、ミドルとボトムの両面から推進している。

滝澤教授(以下、滝澤):両社とも従業員の行動変容、リスキルを促すために、自律性を重視している点が印象的だった。三菱UFJファイナンシャル・グループは、さまざまな取り組みを展開しており、興味深い。今後の展開について知りたい。

三菱UFJファイナンシャル・グループ 上場氏(以下、上場):制度を改定し、それらを活用して展開し、周りにも影響を拡げていく。本人が納得して、仕事にいきいきと向かう環境づくりができるかどうかが肝になると考えている。制度や仕組みに息を吹き込んでいきたい。現場で上司が後押しをしていくことも大事だと思っている。

鶴:リスキリングについて適切に取り組んでいくための前提条件として、ジョブ型雇用が大事だと提唱してきた。日立製作所は早い段階からジョブ型雇用に取り組んでおり、三菱UFJファイナンシャル・グループもコースの廃止やプロ型の導入などジョブ型の本質を取り入れようとしている。現在の状況はどのような段階か。

岩船:日本を中心にここ数年、ジョブ型人財マネジメントに力を入れ、従業員の意識も昨年の社内調査の数字で見ると8割以上が自分のキャリアを自分でつくることの必要性を理解している。しかし実際にリスキリングをし、プロアクティブに行動しているかについては約4割に留まる。このギャップをどう埋めるかが課題。

上場:デジタルシフトに対しての具体的なリスキリングとして、単なるデジタルナレッジでは足りない。お客様起点でどのような課題改善を実現できるか。コア人材を作る研修も合わせて実施している。

鶴:今回の調査とディスカッションからは、リスキリングによって個人の自律的スキル、自律的なキャリア形成に企業がどれだけ着目できるかがポイントとなるだろうということが見えてきた。自社で何が必要なのかに気づくことが、発展の次のステップにつながる。引き続き日経スマートワーク経営調査を気づきのきっかけとして活用して欲しい。

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