【抄録】「第6回 日経スマートワーク経営調査」結果解説セミナー
日経スマートワーク経営調査2022の結果解説セミナーをオンラインで開催した。日経リサーチによる調査結果解説と先進企業の取り組み事例の紹介、パネルディスカッションを実施した。変化するビジネス環境で、人材育成を経営戦略としてどのように進めていくか議論が交わされた。
日経スマートワーク経営調査2022の結果解説セミナーをオンラインで開催した。日経リサーチによる調査結果解説と先進企業の取り組み事例の紹介、パネルディスカッションを実施した。変化するビジネス環境で、人材育成を経営戦略としてどのように進めていくか議論が交わされた。
2022年の日経「スマートワーク経営」調査は、全上場企業と従業員100人以上の非上場企業3925社を対象として、5月から7月に調査を実施した。結果の概要を日経リサーチ・コンテンツ事業本部編集企画部長の堀江晶子氏が報告した。
「前回に引き続き回答企業は増加し、813社となった。3年連続回答企業は540社、特に中堅企業の回答が増加し、偏差値50以上の企業は412社となった」と述べた。
継続的な変化として、「女性管理職比率は7.7%と、2018年から5年間で2ポイント上昇している。政府目標の30%に向け、今後も増加するだろう。
在宅実施率は約3割に増え、出社と在宅のハイブリッド勤務の定着がうかがえる。コロナ禍で増加した男性の育児休業取得者が着実に増加している。育児に限らず、メンタル休職や短時間勤務、副業や介護休業、病気療養など多様な状況に対応する就業継続希望の増加が予想される。今後は週3日正社員や転勤しないフルリモート勤務など柔軟な制度が求められるだろう」という。
人材育成については、「オンライン研修導入などにより平均時間が増加した。特に専門人材が多い企業や顧客がグローバルな企業では増加が目立つ。
人材施策のトレンドとしては、柔軟な働き方支援の施策が多かった2021年に比べて、人材育成やエンゲージメント、コミュニケーションの取り組みが目立っている。高評価企業では、スタートアップとのスムーズな連携などユニークな事例が出てきた。イノベーションの必要性が増し、自社の強みを生かした研究開発力の強化に関する施策が増えていることが印象的だ。DXやプラットフォームの整備など、テクノロジーを活用し、会社全体で複合的に取り組む事例も増えている」と述べた。
グローバル企業としての人的資本経営の取り組みを、帝人グループ理事 人事・総務管掌補佐の唐澤利武氏が紹介した。
「帝人グループは、マテリアル事業、ヘルスケア事業、IT事業を主な事業領域とし、従業員は約2万1千名。うち海外にいる従業員は56%にのぼり、グローバルな視点で人的資本をとらえている。企業理念は『Quality of Lifeの向上』。現在、長期ビジョンに『未来の社会を支える会社』を掲げ、環境価値、安心・安全・防災、少子高齢化・健康志向の3つのソリューションで社会課題の解決に取り組んでいる。
イノベーションの創出には、人財の多様性と柔軟な働き方が必要で、それらを支える企業風土の改革に力を入れている。具体的にはリーダーシップにフォーカスした組織改革の手法を2020年度に役員層から開始。現在、グローバルにマネージャー層に展開している。
エンゲージメントを高めるための取り組みとしては、従来、事業や地域ごとに実施していたエンゲージメントサーベイを全社で統合した。社員の60%は比較的高いエンゲージメントを示しており、阻害要因を特定して改善のサイクルを回している。
ダイバーシティ推進については、外国籍役員や女性役員を増加し意思決定のダイバーシティの実現、グローバルの各地域の課題に応じたKPIの設定、障がい者活用とLGBTQ当事者に対する取り組みなどを推進している。
新しい働き方を実現するためにマインドセットを変え、仕事の仕組みも変革中だ。業務のやり方を変えるために2018年度にRPA展開専門組織を設立してグループに展開した。2022年度末までに累計で170業務をRPA化し、約8万時間削減することができた。今後は、RPAで業務改善をした人財が中核になって、現場のさらなる自動化や業務変革に発展させていく計画だ。
人財育成については、イノベーション人財の能力や素養を伸ばす教育プログラムを提供。いつでも学べるEラーニングプラットフォームを整備中で、RPAや安全教育についてもカリキュラム化する。年代やライフステージにあわせたキャリアプランが立てられるよう、個人のキャリア相談に応じた体制もとった。
さらにコア人財育成プログラムとして、選抜された人財をグローバルに育成していく仕組みを作り、優秀な人財をグローバルに選抜し、育成している」。
双日人事部長の岡田勝紀氏からは、データの活用を通じた、データドリブンの人的資本経営の取り組みが紹介された。
「当社は2004年にニチメンと日商岩井が統合して発足した総合商社。7つの営業本部を通し、国内外400社以上の連結子会社とともに事業展開をしており、従業員数は連結で約2万人、単体では約2500名。今回は双日単体の取り組みを紹介する。
2030年のあるべき姿として事業や人材を創造し続ける総合商社を掲げ、あるべき姿に向けた事業戦略と人材戦略の同期化を意識して組み立てた。
人材戦略として、多様性と自律性を備える「個」の集団であることを重視。変化に適用し化学反応を起こしながら、イノベーションを生み出す核となると考えている。事業を創造し、価値を高めていくためには、事業経営できる力、発想・起業できる力、巻き込み・やりきる力が重要な能力だ。多様性を活かす、挑戦を促す、成長を実感できることを人事施策の3本柱として実行している。
あるべき姿の実現に向けては、エンゲージメントサーベイなどで各種の人材施策の進捗を定点観測して可視化し、半期ごとにKPI(重要業績評価指標)の進捗を経営に報告する。時代の変化に応じて柔軟に変更できる「動的KPI」として運用している。人材KPIを設定するには、アウトプットを分解することが重要で、バックキャスティング思考で何を重要指標として置くかを経営と議論を重ねた。
KPIの一つとして女性の本社外経験割合を40%以上と定めているが、エンゲージメントサーベイ結果では30歳を過ぎると海外勤務希望をする人が急激に減ることがわかった。管理職登用において必要な経験値を高めるためには早いタイミングで海外勤務をはじめとした本社外経験ができるよう、女性の本社外経験をKPIに設定しキャリアの早回しを実行した。デジタル人材育成では、基礎プログラムは総合職全員が応用プログラムを履修しDXをリードする社員が4人に1人になるようKPIに設定している。
目標設定で立てる5つのコミットメントのうち、1つを業務外のチャレンジで設定することを必須とすることで、新しいことを取り組むマインドセットを社員全員に浸透させている。このチャレンジ目標に対する高評価を得る社員を70%以上にすることをチャレンジ指数とした。チャレンジを評価されることで成長実感を得ることができ、エンゲージメントが高まる良いスパイラルが生まれることを期待している。
こうした人事データのKPIを設定することで、可視化の一歩を踏み出せた。人事施策の効果が出るまでは時間がかかるが、小さな成果をデータドリブンで分析・可視化して社内外に発信し、理解と関心を高めるために開示していきたい」。
セミナー後半のパネルディスカッションでは、企業事例の発表者に、慶應義塾大学商学部の山本勲教授と学習院大学経済学部の滝澤美帆教授をパネリストに加え、人的資本経営について議論した。慶應義塾大学大学院商学研究科の鶴光太郎教授がコーディネーターを担当した。
鶴教授から「人的資本経営に取り組む背景と、情報開示の2つが今回の大きなトピックスだ。これらは政府も取り組んでおり、企業の経営課題となっている。2つの事例で関心を持った点はどこか」との問いに、山本教授は「ダイバーシティ、女性活用、KPI、デジタル人材など、スマートワーク経営で重要であると指摘してきた点を、自社の課題をふまえて取り組んでいる点が素晴らしい。どのような考えから出てきたのか、また現在の課題を知りたい」と述べた。帝人の唐澤氏は、「自分たちの体質の古さを自覚していた。女性活躍も今後、さらに加速していかなくてはならない。グループの人材の半分以上が海外で働いているため、統一したシステムを検討し、データの可視化を進めていきたい」と述べた。双日の岡田氏は「従来のトレードビジネスのスタイルから、新たな事業を作っていく原点回帰を意識し、この10年で変えてきた。人材の変革が必要だと舵を切ってきた。適材適所で人材活用するためのスキルの見える化に苦労している」という。
人的資本の情報開示については、滝澤教授が「有価証券法の改正により情報開示が義務付けされることになり、企業にとっては悩みとなっている。発表された2社ともに、目的が明確に伝わってきた。継続して分析し、結果を解釈して次に進めていることも特徴的だ」と述べた。
効果的な情報開示の方針についての質問に、帝人の唐澤氏は「等身大で報告することを基本としている。また、社内で使っている言葉だとわかりづらい点があり、わかりやすく提示することも重要だ。調査した結果をきちんと分析し、問題があれば改善していく」。双日の岡田氏からは「いかに投資家に関心を持ってもらい、ともに働いてみたいと思う人を増やすかを考えている。エンゲージメントサーベイも自前で作り、試行錯誤して工夫している」と説明があった。滝澤教授は「まだ取り組んでいない企業も、まずはデータを収集し、分析して公開する。そして、改善のサイクルに継続して取り組んで欲しい」とコメントした。
最後に鶴教授が「人的資本経営とデータ開示について、今回の事例は手本になる素晴らしい取り組みだ。両社に共通する視点は、何のためにやるのか企業のパーパス(目的)に関わることが明確だった。イノベーションを重視している点も共通している。個の力をより高めていかなくてならない時代に、具体的な取り組みを知ることができ、有意義だった。スマートワーク経営調査では、人的資本の情報を回答いただいている。情報開示につながる取り組みとして参考にし、調査を活用していただきたい」とまとめた。