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日経スマートワーク経営調査 研究講演会

スマート経営で拓く人的資本経営の未来

22024年5月16日、日本経済新聞社は日経スマートワーク経営調査の結果をもとに理論研究を行う「スマートワーク経営研究会」による研究講演会「テクノロジー活用とリスキングで拓く人的資本経営」を開催し、2023年の第7回調査までの分析と結果を発表した。
※「スマートワーク経営研究会」についてはこちらから

研究後援会写真

はじめに、総論として研究会座長の慶應義塾大学大学院・鶴光太郎教授が、学習院大学経済学部・滝澤美帆教授と共同でまとめた今年の研究報告の概説を講演した。人的資本経営の捉え方の解説に加え、賃上げの評価、リスキングの現状といった注目を集める観点から述べた。

総論 -人的資本経営の捉え方-

慶應義塾大学大学院商学研究科教授、スマートワーク経営研究会座長 鶴光太郎氏

今回の研究講演会のテーマとして、人的資本経営を中心に据えながらテクノロジー活用とリスキリングを大きなトピックとして分析していきたい。「人的資本経営」の捉え方として、3つの枠組みから見ていく。3つの枠組みの1つ目が「人的資本経営のインフラ」と言えるもので、ジョブ型雇用やテクノロジーの活用、人的資本の情報開示が含まれる。まさにインフラとして重要な要素である。

さらに2つの枠として「人的資本の水準拡大」と「人的資本の稼働向上」を、両輪として進めていくことが求められる。人的資本の水準拡大には、従来型の研修・訓練に加えリスキリングが含まれる。人的資本の稼働向上では、働き方改革、健康経営、パーパス経営、ダイバーシティ経営などが含まれる。3名でこれらの枠組みから調査結果を分析、解説していく。

今年の春闘では賃上げ率が5%を超えたことが報道され話題になった。賃金のベースアップが物価水準にも影響を与える。実質的賃金が上昇しないと労働者にメリットはない。従って企業の生産性が向上することが不可欠だ。今回のスマートワーク経営調査によると、賃金のベースアップは全体的にされているが、生産性に関しては企業間で差が出ている。生産性が高い企業はベースアップ幅が大きい。このような相関について、ジョブ型とリスキリングの状況をもとに具体的に分析していく。

今回新たに「従業員が職場にいないことを許容する仕組み」に関する分析を行った。グループ1「職場に完全にいない(休暇、育休)」、グループ2「職場にいない時がある(勤務間インターバル、フレックスや在宅勤務など)」、グループ3「職場にいるが別の職場でも活動している(副業など)」に分類し、生産性にどの程度関係するか、それぞれ指標を設定して分析した。

グループ1,2、3ともに多くの変数で労働生産性と正の相関が確認できたが、もっとも大きな効果があったのはグループ2だった。従業員が職場にいないことを許容する仕組みは、従業員のウェルビーイングを高めることだけでなく、労働生産性との相関も高く、両立することがわかった。

未だ、従業員が職場にはりつているメンバーシップ型雇用は色濃く残っている。労働生産性を高めるには、この発想を変えなくてはならないだろう。人的資本の稼働を向上させる点が重要だと位置づけ、より詳細な調査、分析を今後の課題として考えていきたい。

ジョブ型・リスキリングと生産性の向上、テクノロジー導入と人材配置の関係

学習院大学経済学部教授、スマートワーク経営研究会委員 滝澤美帆氏

はじめに鶴教授との共同研究であるジョブ型・リスキリングと生産性の向上に関して報告する。

日本企業が置かれている状況を考えるとき、生産性の向上は必須である。生産性の向上を伴わない賃上げはいずれ限界に達するだろう。生産性の向上の施策として、ジョブ型でキャリアの自律性を高めること、リスキリングによって企業内、あるいは企業間で成長分野への移動が実現することが有効だと考えられる。生産性を向上し持続的な賃上げが実現できる。

今回のスマートワーク経営調査では、ジョブ型とリスキリングを導入している企業と導入していない企業が、それぞれ生産性にどう影響しているのかを分析した。

ジョブ型の導入では、「職務限定正社員の導入有無」、「高度な資格を持っているプロフェッショナル型職務限定社員の導入有無」といった設問の回答を変数として、1期後の生産性について分析した。結果として、高度資格所有者などジョブ型制度を導入したり、色々な職務限定制度正社員制度を導入したりしている企業は、1期後の労働生産性が向上していることがわかった。

リスキリングについては、①キャリアの自律性のサポートなどのための研修メニューの個数、②カフェテリアプランによる教育支援、スキル評価や認定基準の設定、③IT人材育成ための研修、従業員の自律的な学びを助ける研修について変数を設定した。リスキリングと生産性の相関については、すべてのリスキリング施策で正の相関があった。特に、施策メニューの導入数が多いほど労働生産性が高いとの結果が得られた。

ジョブ型とリスキリングは、互いに補完的な関係にある。制度設計でジョブ型は人的資本経営のインフラであり、生産性を向上のためには、相互連携していくことを意識することが必要であろう。

次に、人的資本に関する情報開示と企業パフォーマンスの関係について報告する。2023年3月期から上場企業を対象に、人的資本の情報開示が義務化されたが、定量的な調査を公開しているのは2割程度にとどまり、足踏み状態にあるといわれている。日経スマートワーク経営の昨年の調査では、開示と株価について関係を分析した。今回は開示の質と企業パフォーマンスに関して調査を実施した。

今回の調査では、開示している場合、「複数年度」「測定方法」「従業員属性別」「内容別」といった指標を作成し、開示の質を捉えることとした。その指標を用い、研修時間と費用、離職率、男女管理職比率、男女給与格差、従業員エンゲージメントの項目との相関関係を分析した。

結果は産業によって開示の程度にばらつきがあることがわかった。開示が進んでいるのは金融で、その他の産業では電気精密、運輸などで開示の質が高いことがわかった。内容については、男女管理職比率の開示割合は全産業で高めである一方で、研修時間や費用など定量的な情報の開示割合は低くなっている。従業員エンゲージメントについても開示率は低かった。

開示の質と生産性の関係では、開示の質が高いグループほど、労働線生産性が高いとの相関があった。

テクノロジー導入と人材配置の関係については、近年、AIなどテクノロジーの発展が著しく、労働市場がスキルによって二極化しているといわれている。今回の分析では、テクノロジーの導入状況と専門人材比率や現業比率の関係の整理し、スキルとテクノロジー導入は関係しているのか、年齢構成とテクノロジー導入は関係しているのかを分析した。

テクノロジーに関する変数には、以前からの調査データも用いて「貴社が、導入しているIoT・ビッグデータ・AI等のICT技術・デバイスについてお答えください」の設問により、全選択肢数に占める回答選択肢数でテクノロジー導入割合を算出した。時系列でみると、多くの産業で総合職の割合が増加しており、総合職割合が高まるとテクノロジー導入割合も高まる傾向が見えてきた。スキルのある人材が増えるとテクノロジー導入が進む。

従業員の年齢構成割合の関係では、30代の正社員割合が高まると、テクノロジー導入割合も高まる傾向が出た。テクノロジーの導入は生産性向上に寄与することが多くの先行研修で示されている。テクノロジーの導入を促進するためには、スキルのある人材や若い人材が必要だ。今後、若い人材の獲得が難しくなる場合は、リスキリングなどを通じた人的資本の蓄積が、高齢化社会の中で重要になるのではないだろうか。

人的資本経営、テクノロジー活用と専門人材、ウェルビーイング、DEI

慶應義塾大学商学部教授、スマートワーク経営研究会委員 山本勲氏

日経スマートワーク経営調査では、昨年からの新たな設問として人的資本経営の実施の有無と実施年について組み込んだ。ダイバーシティ推進や健康経営推進は2015、2017年からは開始している企業が多い一方で、人的資本経営は2022年の開始が多く、新しい取り組みとなっている。相互の関係性をみると、ダイバーシティ推進と健康経営にも取り組んできた企業が、⼈的資本経営に取り組んでいることがわかった。

人的資本経営の実施や日経スマートワーク経営(SW)の総合偏差値がさまざまなアウトカム指標とどのように関係するかを分析した。人的資本経営に関する指標は平均賃金とプラス、年間労働時間・離職率とマイナスの相関があった。特に、「推進方針の策定・開示」とアウトカム変数との相関が強い。ただし、相関係数はSW総合偏差値のほうが高く、SW総合偏差値は在宅勤務実施率や十分な睡眠者割合ともプラスの相関となった。

テクノロジー導入と専門人材の活用の関係については、デジタル化、業務効率化、在宅勤務・コミュニケーション向上、ウェルビーイング向上、人的資源配置効率化といった目的で分けた5つ分類について、テクノロジーが活用されている度合いを調査した。活用度合いは目的によって異なっており、たとえばダイバーシティ推進を進めている企業では、在宅・コミュニケーション向上ツールの導入が進んでいた。また、健康経営を進めていれば、ウェルビーイング向上のテクノロジーが活用されていた。

ウェルビーイングについては、これまで蓄積した4年、5年分のデータを使って分析した。上場企業に勤める1万人調査で10名以上回答している企業の従業員データも合わせた分析した結果、従業員の睡眠時間が長いと利益率(ROS)が高くなる傾向が見出せた。睡眠の質がよくなっても利益率は高くなる傾向が見られた。

一方で、企業内での従業員の睡眠の質のばらつきが大きいと、利益率が低くなる傾向が見出せた。従業員エンゲージメントについてもばらつきが大きいと利益率が低くなっている。多くの従業員の睡眠の質やエンゲージメントを高めることが重要であると示しているといえよう。

近年注目が高まっているDEI(Diversity, Equity, and Inclusion)については、多様性、公平性、包括性ともにスマートワーク経営や人的資本経緯で重要であると指摘されてきた。中でも多様性については、人種、性別、年齢など属性の違いを示す「人口統計的な多様性」と、考え方や多様な働き方などを指す「認知的多様性」の2種類があることに着目した。

研究論文では、人口統計的多様性は企業の業績に大きな相関はないと示すものもある。最新の研究では、認知的多様性と企業業績の関係性が深いと述べてものがある。

企業の1万人調査では、2021年と2022年に認知的DEIを調査項目に取り入れており、「職場では多様な考え⽅を尊重している」、「職場では気軽に意⾒や考えを⾔い合うことができる」などの度合いが企業毎に把握できる。企業ごとに平均をとって利益率との関係を見たところ、認知的DEI指標が高いと、利益率が高く、離職率が低くなるというポジティブな効果があることがわかった。認知的DEIが高いと、睡眠がよくなるとの結果も出ている。従業員のウェルビーイングに対してもポジティブな効果を与えているといえる。

在宅勤務については、コロナ感染が収まり導入にばらつきが増えている。在宅勤務の頻度と最適な日数の設問に加え、新しい項目として交通費に関しても取り入れた。分析した結果、定期券の支給の有無によって、在宅勤務の頻度に違いがある傾向が見られた。税制の関係で、通勤しない従業員への定期券支給を企業が避けている可能性もあり、最適な在宅勤務頻度を実現できるような税制度の見直しについて、検討の余地があるともいえる。

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