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シニア雇用、昇給可能な評価制度を4割導入 日経調査

日本経済新聞社は2024年度の日経サステナブル総合調査のスマートワーク経営編をまとめた。人材を多方面で生かそうとする企業の姿勢が鮮明となった。シニア雇用では昇給につながる評価制度を導入した企業が4割を占めた。人材獲得競争が激しさを増すなか、多様性確保が企業の成長に直結するとみて、待遇改善などで人手の確保を急ぐ。

富士通は定年後も役割に見合った処遇をする「モダナイマイスター」と呼ぶ認定資格制度の運用を始めた

富士通は定年後も役割に見合った処遇をする「モダナイマイスター」と呼ぶ認定資格制度の運用を始めた

調査ではダイバーシティー(多様性)を推進するために導入している施策を聞いた。シニアの活躍推進(継続雇用)のために「人事評価を実施し、昇給を実施」するとの回答が40.5%に上り、2023年度調査から7.8ポイント上昇した。「人事評価や業績評価を加味した賞与を支給」も61.3%と、同3.9ポイント伸びた。

富士通は4月、「モダナイマイスター」と呼ぶ認定資格制度の運用を始めた。業務の遂行に必要なスキルを持つシニア人材を対象に定年前と同様の給与体系を適用し、役割に見合った処遇をする。再雇用の上限年齢(65歳)を超えて働き続けることもできる。従来の再雇用制度では定年後に役職が付かず、給与水準は現役時代より減っていた。

新制度ではシニアの待遇改善のほか、マイスターが企業のシステム刷新に携わるIT(情報技術)エンジニアの「伴走役」として支援する仕組みにした。基幹システムに長年使われていた大型コンピューターなどの技術知識と、一般的なサーバーで動く現代の情報システム構築の両方のノウハウを生かせるからだ。

IT業界では老朽化した基幹システムの不具合が増える「25年の崖」が予想され、エンジニア不足の深刻化が懸念されている。富士通はマイスターを24年度中に計100人、26年度に計500人に増やす計画だ。

シニアの活躍推進策

多様性の確保は企業の成長に欠かせない。調査では、女性や性的少数者(LGBTQ)などの活躍推進に向けた導入施策も聞いた。

女性関連では「女性特有の健康課題への理解を深めるための研修・セミナーの実施」が23年度比6.1ポイント増の56.5%、「不妊治療の通院に対する特別休暇の付与」が4.4ポイント増の38.7%だった。LGBTQ関連でも「家族に関する手当や休暇の対象を同性パートナーに広げる」との回答が27%超に達するなど伸びが目立った。

日立製作所は4月、従業員が性別や国籍など多様性を尊重して働いた場合に人事考課を引き上げる制度を本格導入した。半期ごとに設定する個人目標で、売上高や受注などの目標に加え、5%分を多様性に関する行動に割り当て、上司との面談で達成度合いを確認して人事考課に反映させる。

同社は海外勤務者の割合が約6割に達するなど、職場の人材が多様化している。新制度では「様々な文化や視点を持つ」「部門をまたがるメンバーで構成されるプロジェクトに参画する」など具体的な行動につながる目標を立て、その達成度合いが評価の対象となる。

国内では家族の定義に「同性パートナー」を追加し、各種勤務・休暇・福利厚生制度を適用するなどの施策を進めてきた。

4月には「日立グループ ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)ポリシー」を改訂し、新たに2つのグローバルDEIトピック「LGBTQIA+、障がいおよびニューロダイバーシティ」を追加した。様々な価値観を持つ人が働きやすい職場づくりを進め、人材の獲得や定着につなげる。

味の素は30年度までに、リーダーシップ層で多様性を持った人材の構成比を30%に引き上げる目標を掲げる。取締役とライン責任者(組織長、グループ長)の女性比率をそれぞれ30%に高める方針だ。

23年度には「国際間異動ガイドライン」を大幅に見直した。

23年度は270人弱が日本から海外に出向し、女性社員の能力開発支援プログラム参加なども含め、グループ全従業員の約1%(328人)がDE&I(多様性・公平性・包括性)推進活動に参加した。

男性育休、取得率6割

サッポロビールは男性社員の育休取得率100%を達成した

サッポロビールは男性社員の育休取得率100%を達成した

人手不足が深刻化するなか、出産した女性の育児負担を軽減し職場復帰を後押しすることは、日本全体の課題となっている。カギを握るのが男性の育児休業取得の促進だ。2022年の改正育児・介護休業法施行で社員に対する育休制度の周知や取得意向の確認も義務付けられた。企業は環境整備を急いでいる。

スマートワーク経営の調査でも、配偶者が出産した男性正社員の育休取得率は23年度に61%と、21年度(34%)比でほぼ倍増した。この間、育休を連続1週間以上取得した人の比率も20%から49%に、連続1カ月以上取得した人の比率も10%から23%に高まった。

男性の育休取得率は急速に上昇している

サッポロホールディングスは傘下のサッポロビールが23年度に男性社員の育休取得率100%を達成した。取得率が80%程度だった21年に社員向けアンケートを実施し、収入や業務の引き継ぎへの不安が取得の障害となっていることを確認。育児休業給付金の額を調べられるツールを提供するなど、不安の払拭に努めたことが奏功した。24年度に育休の社員から業務を引き継ぐ同僚の賞与を加算する仕組みも導入した。

伊藤忠商事は22年度から育児両立手当の支給を始めた。4週間以上育休を取得し子供が満1歳未満で復職した社員が対象になる。23年度に男性社員の育休の平均取得日数は25日となり21年度(8日)の3倍に増えた。

花王は育休を取得する社員に育児とキャリアの両立ノウハウを教えるセミナーへの参加を求め、花王社員ではないパートナーの受講も推奨する。23年1月から男女とも10日間の有給育児休暇の取得も義務付けた。

23年4月には従業員数1千人超の企業には、男性社員の育休取得状況の公表も義務付けられた。投資家が女性の活躍や人材の多様性を重視する傾向が強まるなか、男性の育休取得率の向上は企業価値も左右しそうだ。

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キャリア形成、会社が後押し 社内公募や社内副業など

三菱商事は希望する部署への異動や社内副業の制度などを用意する(社内研修の様子)

三菱商事は希望する部署への異動や社内副業の制度などを用意する(社内研修の様子)

人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業成長につなげる「人的資本経営」が浸透しつつある。資本としての社員の能力や意欲を高めるためには、投資が不可欠だ。キャリア形成を会社任せにせず、自分で決めていく「キャリア自律」への意識を高めてもらえば、社員は主体的に動き、能力開発にも積極的になりやすい。

スマートワーク経営の調査によると、正社員のキャリア自律性の向上を支援する制度として、社員が就きたい職種や職務を申請・登録する「自己申告制度」がある企業は70.5%で18年時点より5.8ポイント上昇した。自発的な異動を実現するための「社内公募/社内FA制度」がある企業も、同14.1ポイント上昇の62.8%となった。「社内副業」も2割近くが導入済みだ。

三菱商事は社員が自分の意思で希望する部署に異動を願い出ることができる制度を運用する。公募に応じるだけではなく、自ら行きたい部署に自己推薦のような形で応募することも可能だ。23年度は公募で73案件が集まり、47人が合格した。

社内副業として業務量の最大15%を本業とは違う職務に充てられる制度もある。23年度は14人が利用した。

キャリア形成やリスキリング(学び直し)のために最長2年間休職できる制度も23年に導入した。国内外の大学や大学院への進学を認め、10月時点で8人が利用している。

「多様な経験を積んだ社員が組織に戻ってくることはよい刺激になり、それが会社の成長にもつながる」(同社)とみる。

アサヒグループホールディングスは自己申告での異動や社内公募の制度を00年代から用意している。同社で人事施策を担当する宮本淳也HRシニアマネージャーも公募で異動したといい、「自分で応募した部署で仕事をしているので何事も前向きに考えられるし、頑張れる」とその効果を話す。

中間持ち株会社アサヒグループジャパン内には、キャリアコンサルタントの資格を持った社員が10人弱所属する「キャリアオーナーシップ支援室」という部署を設けた。グループの社員向けのキャリア相談に乗ったり、セミナーやワークショップを開いたりする。

グループのアサヒ飲料では20年から社内副業の制度を導入し、所定労働時間の20%を他部署での仕事に振り分けることが可能だ。23年は25案件に対し、3倍にあたる77人が応募し、「社内副業をきっかけに正式に異動するような事例も出ている」(アサヒグループジャパンの伊藤大輔HRビジネスパートナー部シニアマネージャー)。こうした施策を積み上げることで、「社員の(働きがいなどを示す)エンゲージメントも徐々に高まっている」と宮本氏は話す。

人への投資、研修費用15%増

正社員1人あたりの研修費は平均6万5378円と22年度から約15%増えた。新型コロナウイルス禍の収束に伴い、海外研修の参加者が1000人あたり1人以上と答えた企業の割合も2割弱と2年前から倍増した。

人への投資額は増加傾向

ソフトバンクは主力事業のひとつである人工知能(AI)分野の人材育成に注力している。21年にプログラミングやAI倫理などの専門的なスキルを学べる研修プログラム「AI Campus from SBU Tech」を始めた。外部の資格取得も推奨しており、日本ディープラーニング協会が運営するAI関連の資格「G検定」の合格者は足元で120人を超える。

23年5月には全社員約2万人を対象に社内向けの生成AIチャットを導入し、文章作成や翻訳など日常業務で活用できるようにした。

生成AIによる業務改善策や新規サービスなどを提案するコンテストをグループ内で定期的に開いている。累計応募数は約16万件にのぼるという。優勝賞金は1000万円と成果に応じた報酬を示すことでやる気を引き出す。

サントリーホールディングスも社員の自発的な学びを促そうと、23年10月に社内向けの学習プラットフォーム「MySU」を全面リニューアルした。社員の適性に合わせてオススメの学習講座を提示するAIを導入した。利用者同士の情報交換や学習状況の見える化など双方向でモチベーションを保ちやすい仕様に見直した。

人事制度面でやりがいを高めようとする企業も少なくない。

KDDIは20年度から稼働時間の2割を別の業務に充てる社内副業を認めている。23年度までに1200人以上が参加しており、約8割が自身のキャリア形成に好影響があったと回答している。

24年度から外部も含めたキャリアコンサルタントと面談する機会を設けるなど、長期的な目線で働ける職場づくりを模索している。

人材活用力・人材投資力上位企業一覧

AIで変わる業務 商品やサービスの研究開発に導入

NTTは鉄塔や橋などの点検にAIドローンを活用している

NTTは鉄塔や橋などの点検にAIドローンを活用している

労働力不足やコスト高を人工知能(AI)などのテクノロジーを活用することで乗り越えようとする動きが広がっている。スマートワーク経営では、テクノロジー活用力の上位企業が総合力ランキングでも存在感を発揮した。経理や総務などの事務作業だけでなく、商品・サービスの開発といった新たな価値を生み出す現場でも最新技術の導入が進んでいる。

米オープンAIの対話型AI「Chat(チャット)GPT」をはじめ、生成AIを日常業務に取り入れる企業も増えるなか、中外製薬は自社独自のデータ解析など専門的な業務でAIの活用に挑んでいる。

社内外のデータベースと生成AIモデルを連携・統合する「検索拡張生成(RAG)」と呼ばれる技術を使い、過去の臨床試験関連の文書や医薬品開発について知見・手順書などの情報を瞬時に抽出できる体制を構築した。今後も医薬品の分子デザインや臨床試験の期間短縮など、製薬会社の競争力に直結する研究開発の業務でも生成AIの活用を検討中だ。

AI関連で導入しているテクノロジー・ツール

NTTは鉄塔や橋梁などのインフラ設備の点検でドローン(小型無人機)を活用している。グループ内で自動発着設備や管制システムを開発中で、人手を介さず劣化度合いを自動で点検する。鉄塔はAIが変状を検知して対応すべき優先順位までつけるという。

国土交通省によると2033年に道路用の橋の約6割が築50年を超える見通しだ。老朽化した設備の更新期に入り、点検・診断作業の需要が増える一方、技術者の高齢化で担い手不足は加速していくことが予想される。人件費も膨らむなかで人に代わる新たな労働力としてドローンの普及拡大が期待されている。

電柱と電柱をつなぐつり線の点検ではAIがさびの有無を判別しており、NTT東日本では従来に比べて40%の省力化を達成した。

NTTは他社への技術支援も積極的に実施しており、すでに電力会社の配線設備の点検など業界横断のノウハウ共有に取り組んでいる。

テクノロジー活用力上位企業一覧

スマートワーク経営は「人材活用力」「人材投資力」「テクノロジー活用力」の3分野で構成される。企業向けアンケート調査や公開データなどから13の評価指標を作成し、企業を評価した。

【アンケート調査の概要】

企業向け調査は2024年5月、全国の上場企業および従業員100人以上の有力非上場企業を対象に実施した。有効回答は830社(うち上場企業774社)。なお、有力企業でもアンケートに回答を得られずランキング対象外となったり、回答項目の不足から得点が低く出たりするケースがある。

また一部指標においては日本経済新聞社の編集委員等(71人)の各社評価も使用した。

【3分野と測定指標】

3分野のスコアを測定する指標は以下の通り。

▽人材活用力 人材戦略とKPI、ダイバーシティー、多様で柔軟な働き方の実現、ワークライフバランス、エンゲージメント、現場力向上の6指標。

▽人材投資力 人材戦略とKPI、イノベーション推進・教育体制、人材確保・キャリア自律、多様なキャリアパス、先端分野人材の5指標。

▽テクノロジー活用力 テクノロジーの導入・関連投資、先端的テクノロジー活用の2指標。

【総合評価のウエート付け】

各分野の評価を4対2対1の割合で合算し、総合評価を作成した。

【総合評価・分野別評価の表記について】

総合評価は、各社の得点を偏差値化して作成した。★5個が偏差値70以上、以下★4.5個が65以上70未満、★4個が60以上65未満、★3.5個が55以上60未満、★3個が50以上55未満を表している。

また、各社の分野別評価は、偏差値70以上がS++、以下偏差値5刻みでS+、S、A++、A+、A、B++、B+、B、Cと表記している。

評価に使用した各種指標の集計結果やスコアの詳細データは日経リサーチが提供する。詳細はHP(https://service.nikkei-r.co.jp/service/smartwork)を参照。

(日経リサーチ 編集企画部)

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