【抄録】「日経サステナブル総合調査2025 スマートワーク経営編」結果解説セミナー
2025.12.12

【抄録】「日経サステナブル総合調査2025 スマートワーク経営編」結果解説セミナー

2025年12月、「日経サステナブル総合調査2025 スマートワーク経営編」の結果解説と先進的な企業の事例を紹介するセミナーを開催した(主催:日本経済新聞社、日経リサーチ)。今回の調査では、調査対象の全上場企業と従業員100人以上の有力非上場企業から788社が回答した。

調査結果の概要: 採用の多様化が進む。テクノロジー活用ではAIツールの利用が拡大
日経リサーチ・コンテンツ事業本部編集企画部 木村友祐

 昨年リニューアルした枠組みを継続し、『人材活用力』、『人材投資力』、『テクノロジー活用力』の3分野で評価した。偏差値70以上の総合5つ星企業は9社となり、人材投資力、テクノロジー活用力で評価の高い企業が並んだ。

 人的資本開示については、全ての指標で昨年から実施率が上昇した。特に男女間給与格差や男女間管理職比率は8割を超える水準となった。また、労働時間をはじめとした各種指標についても開示の実施率が5割を超え、開示への積極的な姿勢がうかがえる。

 男女間給与格差の指標では、複数年度の開示率が大きく伸び、今年度は62.1%と6割を超え、昨年の46.6%から15ポイントの増加となった。人的資本経営の進捗を伝えるためには、複数年度の開示が効果的だ。男性育休については、育休期間の長期化傾向が続き、連続1週間以上の取得率の平均は57.4%と半数を超える状況になっている。

 介護と就労の両立については、今年度4月に介護休業法が改正され、介護離職防止のための環境整備周知意向の確認が必須となった。セミナー研修の実施やアンケートによる状況把握の実施率がこの1年間で伸び、両立支援に向けた取り組みが徐々に拡大している。介護休業には、男性育休と比較して従業員のニーズの把握が難しい側面がある。まずはアンケートなどを通じて従業員のニーズを把握することから始めることが重要だ。

 出社と在宅のバランスについては、出社回帰の傾向が明確に出た。在宅勤務の実施頻度が週に一回未満の企業が65.2%。コロナが収束に向かった2023年にかけて在宅勤務実施の割合が減少し、継続的な出社回帰が生じている。在宅勤務のインフラやルール整備、あるいは意識改革に関わる側面については、現在はあまり課題となっていない。一方、コミュニケーションが十分にとれない、生産性が低下することへの懸念について、2020年と2025年でほとんど回答率に差がなく、課題の解消があまり進んでいない。バーチャルオフィスの活用など、従業員の在宅勤務のニーズと生産性向上を両立していくことができるか、在宅勤務に対する企業の姿勢が問われている状況といえるだろう。

 人材投資に関しては、採用経路の多様化が進んでいる。人手不足の中で中途採用を積極的に行う企業が増え、アルムナイ採用やリファラル採用の制度を導入する企業が増加している。アルムナイ採用は74.6%、リファラル採用は61.4%の企業が制度を持つと回答した。アルムナイ採用を1人以上行った企業は60%を超え、10人以上と積極的な活用を行っている企業の割合も拡大している。リファラル採用を1人以上行った企業の割合は約76%となり、いずれも制度の導入から活用のフェーズに移行しつつある。

 社内公募、FA制度については、6割超が導入し、2022年度から伸び続けている。一方で、導入実績が0%の企業が約2割ある。経営トップによるメッセージの発信や、異動が実現した人を対象とした効果検証などを通じたマッチングの質向上が望まれる。

 人手不足については、特に女性管理職役員とデジタル化人材の不足が深刻だ。女性管理職役員は、52.6%の企業が不足と答えている。ただし、3年前からの変化を見ると約3割の企業が解消されつつあるとも答えており、改善に向かいつつある企業も多い。デジタル化人材については人手不足が悪化したと回答する企業の割合が最も多く5割を超え、人手不足感がより深刻な状況となっていることがうかがえる。

 テクノロジーの活用については、生成AIの活用が急速に拡大し、正社員に対して業務での使用を禁止する企業は全体の約1%にとどまる。利用ガイドラインを設け、使用用途を限定する企業や、APIなどを活用しモデルの学習にデータが使用されない社内環境を構築している企業が増加し、積極的な運用がうかがえる。

 AIに関連したテクノロジーツールの導入率を見ると、音声言語を処理するツールの普及が目立つ。ChatGPT、GeminiなどのマルチモーダルAIが普及した結果、AIの利用が拡大している。

 デジタル人材の育成については、一般社員の底上げに関わる取り組みは、ここ数年間で大きく進展した。一方、先端人材としてデータサイエンティストの社内育成、中核人材に対する集中的な育成プログラムの実施は伸びが鈍い。独自モデルの構築が必要なAIの活用のためにも、先端人材育成の施策が今後の課題となるだろう」。

パネルディスカッション: 人的資本経営におけるキャリア自律への取り組み

左上から時計回りに、鶴氏、山本氏、滝澤氏、吉原氏、井出氏
左上から時計回りに、鶴氏、山本氏、滝澤氏、吉原氏、井出氏

パネルディスカッションに先立ち、SCSK、サッポロビールによる事例講演を行った。事例を基に、スマートワーク経営研究会座長の鶴光太郎氏(大妻女子大学データサイエンス学部教授)のコーディネートで、同研究会委員の山本勲氏(慶應義塾大学商学部教授)、滝澤美帆氏(学習院大学経済学部教授)がパネリストに加わり、従業員のキャリア自律への取り組みについて議論した。

「人材価値を最大化するキャリアオーナーシップを推進」
SCSK人事本部人事部部長 井出和孝氏

 弊社はB2BのIT企業で、8000社を超える幅広いお客様にITサービスを提供している。従業員数は約2万人。2011年に住商情報システム(SCS)とCSKが経営統合した際に、経営理念『夢ある未来を、共に創る』を策定した。ITサービスは人が価値を生むビジネスであるため、『人を大切にします。』を掲げている。

 2012年度から人的資本経営の基礎整備としてウェルビーイング経営の実践を、基盤強化として事業戦略と人材戦略の連動に取り組んできた。現在、中長期経営計画のひとつとして、総合的な企業価値の向上には社員の成長がドライバーになることを設定し、社員一人ひとりの市場価値を最大化することに注力している。

 経営戦略に基づく事業戦略として、動的な人材ポートフォリオを構築した。採用、人材プール、人材価値最大化のサイクルを回して、組織と人材の自己革新能力の向上を目指す。このサイクルのエンジンである社員が経営戦略や事業戦略を理解し、自律的にキャリアを考えていくことをキャリアオーナーシップとして捉え、推進している。キャリアの所有者は会社でなく個人であり、働く意義や成長実感といった内的なキャリアが重視されるようになってきていることが背景にある。

 キャリアオーナーシップと学び続ける文化の醸成に向けて、各種制度を設けてきた。その中から3つの制度を紹介したい。

 CDP(キャリアデザインプログラム)制度では、主体的にキャリアを描くといった意味で、今年度から“キャリアディベロップメント”から“キャリアデザイン”へと概念を変更した。内発的動機の源泉を探索する機会として位置づけ、年に一回、上司と部下で面談。自分らしくやりがいを感じられる状態を目指す。

 専門性認定制度は、18職種のキャリアフレームと7段階で専門性を認定する仕組みである。社員にとっては専門性を高める成長目標として、会社にとってはIT人材のスキルの可視化、動的な人材ポートフォリオ策定のためのベースとなっている。また職種別に専門性部会を設定しており、年に2回専門性祭りとして、専門部会ブースのセッションをカフェテリア形式で開催。専門性を高め、キャリアオーナーシップを推進する機会を提供している。

 i-Universityは、社員が主体的に学べる社内教育プラットフォームである。専門性やビジネススキルを高める200を超える教育コンテンツがあり、今年度からはほとんどのコンテンツを手挙げ式の自己選択受講にした。自ら選び、意欲の高い人材に向けて、高い教育効果を得ることを狙う。ニーズに応じたコンテンツの見直し、教育投資をしている。

「自律を促す支援型人財マネジメントを実践する職場づくり」
サッポロビール 人事総務部部長 吉原正道氏

 サッポロビールは、単体では従業員約2000名、売上高約5300億円のうち8割を酒類の事業で構成する酒造メーカーである。ルーツを北海道開拓使に持ち、1876年に創業、今年150周年を迎える。人材戦略については、我々の先祖のマインドを大事に、『越境せよ。』を基本理念としている。開拓地での北極星をテーマに、ビジョンには『誰かの、いちばん星であれ』を掲げる。人材戦略を中期経営戦略と結びつけ、多様性、生産性、健康の3つの戦略を軸に、優先課題や方策、KPIを定めて取り組んでいる。

 2020年には人事制度を改定した。社員の自律を促すことを強調し始めたのがこの時期で、課題は何か、どうありたいのかを様々な角度から議論を重ねた。議論の中であがったのが人事制度だった。管理や評価をすることが目的ではなく、育成と支援をすることとして見直し、“評価制度”を“育成評価制度”と名称を変更した。

 具体的には、社員の自律を促すために、1on1の質の向上を図った。年に1度の面談から月に1回以上は30分の会話をするように役職者に働きかけた。さらに課題図書や外部専門家による研修を全役職者に実施。開始から数年を経て、結果が現れてきている。実際、1on1ミーティングで所属長とメンバーでしっかりと対話が行われている場合は、メンバーは自身の評価に対して納得を感じると、アンケート調査結果のデータから相関関係が示されている。

 2021年からはチームの力を引き出す心理的安全性を高めるため、話しやすさ、助け合い、挑戦、新奇歓迎をキーワードに社内でポスターや研修などを展開した。心理的に安全なチームでは、健全に衝突することも伝えていった。衝突を避けるヌルい職場を目指しているのではなく、学習して成長する職場を目指す。

 人事制度を管理型から支援型へと切り替えたことで、マネージャーの仕事は管理することだけでなく、メンバーが成長するための支援をすることが使命であると定義した。管理職に対する研修も見直した。メンバーを育てるには上司層の学びの質を高めることが重要とし、管理職のスキルをアップデートするための支援も実施している。メンバーと職場を立て直すフィードバック研修は、340名いるマネージャーのうち70%以上が手挙げ方式で受講し、変化の実感も生まれ始めている。

 今後は、リーダーシップの解釈もさらに深めていきたい。リーダーのポジションを与えられることがリーダーシップではなく、その人の行動であるとし、リーダーシップを磨くためのフィードバックとリフレクションの繰り返しに取り組む。

パネルディスカッション

鶴座長(以下、鶴): 人的資本経営の事例について、まずは感想と質問をいただきたい。

山本委員(以下、山本): 多くの企業にとって、従業員のキャリアをどのように支援するかが課題になっている。先進事例として貴重な内容を知ることができた。両社に共通しているのは、従来は従業員のキャリアが「管理、一律、外的、短期」だったものが「支援、個別、内的、長期的」へとスタンスが変わってきていることで、大きなパラダイムシフトだと言える。これが実現すると個人、職場、企業が自律的に望ましい方向へ進むだろう。そこに至ったきっかけや理由、課題やどのような苦労があったかをお聞きしたい。

SCSK井出氏(以下、井出): 当社はIT企業であり、世の中の加速度的な先進技術の進化に影響を受け、お客様への価値の提供に危機感があった。従来の教育体系では変化のスピードに対応できない。社員が自律的に学び、自己成長しながら企業の目指すべきところに向かっていくスピード感が必要であるとの意識が取り組みのきっかけとなった。具体的には会社の目指す方向を社員に丁寧に説明することから始めた。経営宣言、中期経営計画で掲げる「共感経営」の存在意義を正しく理解し、社員が納得をして向かってもらうことを重視した。現在、ポジティブに変化してきていることを実感している。

サッポロビール 吉原氏(以下、吉原): 弊社は創業150年のトラディショナルな企業。2020年頃に人事制度を大きく変えて自律型に変えていこうとするきっかけになったのは、人事部が主催するカスケード型の研修の限界を感じたことだった。変化の時代には、プレイヤーが自分の役割を認識しながら戦っていけるチームを作ることが求められる。主体をメンバーに据え、マネージャーは支援にしていこうと変えた。現在はその取り組みの途中だが、意欲あるメンバーが出てきて、フィードバックのレベルを上げたいと考えるマネージャーが増えている。よいチームが出来ていくのではないかと期待している。

滝澤委員(以下、滝澤): 長年取り組んでこられた働きやすく、健康経営の基盤の上にキャリアオーナーシップと専門性の強化を統合した人的資本の基盤を構築されていると感じた。支援型マネジメントや心理的安全性づくりが現場に浸透していくように、社員の行動や職場経験の質を変えるまで、一貫性のあるアプローチをされていることが素晴らしい。今後のキャリア開発についてのお考えをうかがいたい。

井出: 今後は従業員個々が自己改革能力を高めていくことに取り組んでいきたい。具体的には育成教育体系や支援する仕組みを整えていく。各自の挑戦や成長を後押しし、そうした人材に報酬を投じていく仕組みを作り、キャリア醸成のドライバーとしたい。

吉原: 一人一人の行動変容を促すのは、実際は難しいことだと実感している。各自が危機感をもって行動変容を起こす意識を植え付けていくことにチャレンジしたい。また、プレイヤーとして、各自がフィードバックを求めて行動していく空気感も醸成していきたい。

鶴: そもそもキャリア自律がなぜ重要なのかを説明しておきたい。キャリアだけでなく、学びの自律性も非常に重要だ。従来のメンバーシップ型雇用の中では、キャリアも学びも用意されているものを受け入れていくことが通常のやり方だった。それが激しい変化の中で、立ち行かなくなっている。こうした状況では、最新の情報を持っている現場に近い人が新たな方法を提案し、すぐに実行していかないと企業は回らない。自律とは自ら手を挙げること、挑戦することが必要で、それがキャリアの自律、学びの自律といえるだろう。自律の先にあるのは、どのような未来だろうか。

井出: ITを活用して社会課題を解決する、新しい価値を生み出すことが、弊社の存在意義だ。それを実現するために社員一人ひとりが自分の仕事に照らして、事業方針に共感し、自律的に学び、やりたいことに取り組んでいくことを目指している。価値観が多様化している中で、会社と個人の目指す方向についてすり合わせし、仕組みを作る。それによって人が発揮する能力を最大化することが目指す未来の姿ではないか。

吉原: 個人的に日本のビジネスパーソンは優秀な人が多いのに、なぜ生き生きとできないのだろうと感じてきた。各自が役割を果たして、学んで提案を増やしていく、みんなが生き生きと働く世界を作りたい。人生を豊かにしていくためのビジョンを持った個人が集まったチームは、非常に強くなるのではないか。そのようなチームの集合体になることで、市場で存在感を示せる企業になるだろう。

山本: 自律性を高めるための取り組むべきポイントをうかがいたい。

井出: ウェルビーイングが大切で、その価値観を共有することだと考えている。弊社では社員感情を可視化することに取り組んでいる。会社としての定義に加えて、ボトムアップ型の活動両面で進めていく。

吉原: 採用現場で痛感しているのは、会社が選ばれる時代になってきたことだ。今いる仲間に対してどんなことができるか、どうしたら自律していくのか、自律した後にはどのような世界が待っているのか、選ばれるための情報のオープン化が必要だ。スキルがあれば新しい役割に上がっていける、そうした仕組みがあれば、何を学ぶのか優先順位を各自が整理できるだろう。

滝澤: キャリア自律を考え、実行するにあたって、AI活用の状況を知りたい。

井出: 全社員がAIの活用を意識して取り組んでいる。技術者集団なので、自分たちでこんなことをやってみたという情報を共有し、共に学ぶ文化ができつつある。

吉原: 人事部のチームで、自分が仕事で行ったことを内省し、深めることにトライアルしている。自律的な成長が加速することの中に、AIを有効に活用する場面があるのではないだろうか。

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