PICK UP

日経スマートワーク大賞2024

多様な人材、働き方進化

日本経済新聞社は、働き方改革を通じて生産性を高め、持続的に成長する先進企業を表彰する「日経スマートワーク大賞2024」を決定し、表彰式を開いた。多様な人材を活用しながら働き方を進化させたり、先端テクノロジーを創出できる人材を育成したりしているソニーグループなど6社の取り組みを紹介する(肩書きは、表彰式時点)。

日経スマートワーク大賞2024の表彰式

日経スマートワーク大賞2024の表彰式(2月19日、東京都千代田区)

大賞 ソニーグループ

社員の成長促す環境整備

ソニーグループは総合ランキングで5つ星以上(偏差値70以上)を獲得した。評価軸となる「人材活用力」「イノベーション力」「市場開拓力」の全分野で最高水準の「S++」を獲得した。審査委員の全会一致で大賞に決まった。

人材活用では、ソニーのキャリア形成の大きな柱となっている社内募集制度を57年以上継続的に運用。社内兼業が可能となる「キャリアプラス」、社員の異動の機会をサポートする「キャリアリンク」、優秀な層にFA(フリーエージェント)権を付与する「FA制度」を2015年に導入した。社員がライフイベントと仕事を調和させながら力を発揮できるよう両立支援制度「シンフォニープラン」も用意。育児や介護、がんの治療、不妊治療に活用できる休暇・休職制度、勤務制度、費用補助などを提供する。

機械学習を活用して個人の保有スキルや人事登録情報に基づく研修のレコメンデーションを実施する。必要な時に必要な学びが届くうえ、可視化した学習状況を上司と共有し、助言を受けられるなど社員が自律的にキャリアを形成し成長する環境を整えた。

イノベーション・市場開拓分野では、「ソニー・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム」を14年度に社内で、18年度に社外に提供を始めた。起業ノウハウや開発環境を提供し、アイデア創出、商品化、販売・事業拡大までを支援する。24年1月末までに27件を事業化した。

多様な社員が相互に学び合えるのが強み

多様な社員が相互に学び合えるのが強み(東京都港区のソニーグループ本社)

多様性が感動をつくる
吉田憲一郎会長CEO吉田憲一郎会長CEO

3点申し上げたい。1つ目はパーパスだ。「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」がソニーのパーパスである。パーパスは一義的には社員との約束事、言い換えれば感動をつくり、届けるという社会的存在意義に向かってともに歩むかという問いかけだ。

2つ目は多様性と学びだ。ソニーにはゲーム、音楽、映画、エレクトロニクス、半導体、金融という6つの事業があり、約11万人の多様な社員がいる。日本では今年も各事業合同の入社式を4月1日に開く。1200人の新入社員、500人の中途入社社員が参加する。多様な事業を営む強みは相互に学び合えることだ。

3つ目は多様な機会の提供だ。日立製作所との相互副業実証も、台湾積体電路製造(TSMC)子会社のJASM(熊本県菊陽町)で働く200人以上の出向社員も、多様な経験を通じた成長の場になる。社員の成長と企業の成長は不可分であると考えている。

審査委員特別賞 三菱商事

人材が価値創出の源泉

祖業のトレーディングから事業環境や社会課題の変化に応じて事業モデルを柔軟に変化させ、価値創造に取り組んできた。人材こそが価値創出の源泉であり、最大の資産だ。多様な事業を有機的につなげ、社会課題を解決し、スケールのある共創価値を継続的に生み出すことを中期経営戦略の中心に据えた。多様な社員が相互に信頼し、連携し合って課題解決にチャレンジする活気あふれる組織であり続けることが重要だ。

人材への投資では、国内外の幅広い事業の現場に社員を送り出し、組織やプロジェクトを率いて経験を積んでもらっている。1人あたりの研修費が最高水準との評価をいただいた。人工知能(AI)研修なども充実させ、今後も社員の成長が会社の発展と一体となるように人材育成の投資、環境整備を進めていく。

研修費1人あたり39万円
中西勝也社長中西勝也社長

三菱商事は総合ランキングで4つ星半(偏差値65以上70未満)だったが、近年注目度が高まる「人的資本経営」に関連する項目で高得点だったことが高く評価された。さらに昨年度と比較した総合得点の伸びが評価上位企業の中で突出して高いことも評価され、審査委員特別賞を受賞した。

人材への投資では1人あたり研修費が39万円(2022年度)と最高水準だった。階層別研修やIT人材育成のための研修を増やしている。

全役職員を対象としたデジタルトランスフォーメーション(DX)研修(16講座計70時間)を実施した。新規事業開発やデジタル事業を担当する社員には、プログラミング研修と新事業の開発を兼ねた「MCイノベーション・ラボ」を開き、100人強が受講した。海外研修を利用する社員の比率も高かった。

人材活用力部門賞 ソフトバンク

兼業から多様な価値観

ソフトバンクの人事ポリシーに「人と事業をつなぐ」というテーマがある。事業や事業環境が変化する中で人や組織をどう有機的に結び付けていくか。様々な施策を打っている。評価ポイントの一つである兼業・副業は2017年に制度化し、現在約630件ある。ボランティアなどを通じて多様な価値観を学び成長する社員の姿を見てきた。

24年度中に大規模言語モデルの生成AI(人工知能)を構築する。コネクテッドカー(つながる車)向けシステムを手掛けるアイルランド企業を買収する。次々と新しい事業を始めると人が足りない。今いる社員を動かし、リスキリング(学び直し)をしてもらう。事業環境やテクノロジーがものすごいスピードで変化する中で、社員の可能性を引き出し、会社の価値を上げることが大切な場面だ。

キャリア自立支援充実
青野史寛専務執行役員青野史寛専務執行役員

ソフトバンクは総合ランキングで最高ランクとなる5つ星(偏差値70以上)を獲得した。評価軸となる「人材活用力」「イノベーション力」「市場開拓力」はいずれも最高水準の「S++」でトップクラスだった。社内公募・社内副業といった社内におけるキャリア自立支援の充実や研修費の高さから評価され、「人材活用力部門」で受賞した。

男性の連続1カ月以上の育児休業取得者は2022年度に201人。子供が生まれた男性の3人に1人が1カ月以上の休業を取得した。ボランティアや大学院などへの進学・留学、公職などを理由にした休職・休暇を制度化しており、副業・兼業を認めた累計は1400件以上に達する。

23年5月には生成AI(人工知能)によるチャットを導入。文書作成や翻訳、企画・アイデア立案などに使う。

イノベーション力部門賞 KDDI

専門性意識したプロ育成

私がこの会社に入ったときは小さなベンチャー企業だった。今のような大きな会社になると、イノベーションを起こしにくいのが実態で、課題になっている。

それぞれの社員が人間性を兼ね備えたうえで、専門性を意識した「プロ人財」になることが非常に重要だ。KDDI版のジョブ型人事制度を導入したり、「KDDI DXユニバーシティー」という社内機関をつくったりして人財育成を進めている。今までゼネラリストの育成を前提に企業を運営してきたので、この大転換は難しいが、しっかり続けていきたい。

今後は社内のみならず、日本全体の未来人財育成に取り組みたい。グループの教育事業やスタートアップ事業などを通じて子どもたちの「生きる力」を育み、世界を目指す若者を支援していく。

スキル底上げ 教育に力
高橋誠社長高橋誠社長

イノベーション力部門賞を受賞したKDDIが評価を集めたポイントのひとつが、専門人材だ。例えば、IT人材全体に占めるITスキルレベル4相当以上の比率は、約3割に達する。

社員教育にも力を入れている。2020年度にはデジタルトランスフォーメーション(DX)に関するスキル底上げを図るため、「KDDI DXユニバーシティー」を設立。23年度末までにほぼ全社員にあたる1万人が修了する見込みだ。23年度からは全社員を対象に生成AI活用ワークショップも始めている。

イノベーション創出のための社内外の取り組みも目立つ。12年に組成したファンドを通じて出資している国内外のスタートアップの数は、今年3月時点で140を超えた。社内の提案制度から生まれた投資案件も多い。

市場開拓力部門賞 ダイキン工業

社会貢献問われる時代

変化をチャンスと捉えて新しい市場を開拓し、新たなビジネスをつくり、経済価値だけでなく環境価値や社会価値を生み出して社会に貢献できるかどうかが問われる時代になった。当社で言えば、空調事業を通じていかにカーボンニュートラルに貢献できるかが大きな課題だ。

それには、自社だけでは限界がある。省エネ技術であるインバーターのオープン化や低温暖化冷媒の特許開放などによって、新たな市場を創造し、環境負荷を抑えた製品をグローバルに普及させてきた。例えば中国では、現地のメーカーに当社の技術をオープン化することで、一気にインバーターの比率を高めることができた。

最終的に重要なのはやはり、人の力がものをいう。社員の力を引き出すことで、今後も成長をめざしたい。

ニーズ反映した開発磨く
十河政則社長十河政則社長

市場開拓に重要なのは、ニーズを素早く的確に反映した商品やサービスの開発だ。ダイキン工業はこれに磨きをかけるため、最新技術を積極活用している。

空調機器の中を循環する冷媒ガスは、漏洩防止と回収・再生率の向上が課題となっており、多くの関係者の連携と情報の一元管理が求められる。そこで、情報管理のデジタルプラットフォーム構築にブロックチェーン技術を使い、実証実験を始めた。AI関連では、大阪大学と共同で設立した「ダイキン情報技術大学」が社員教育を担う。

顧客満足度の測定も評価を高めたポイントだ。ネット調査に偏る企業が多い中、あらゆる手段を用いて細やかに測定している。例えば、担当者とは別の社員が顧客を訪問・電話するヒアリングは、年間で約2000件に達する。

テクノロジー活用力部門賞 日立製作所

課題解決へジョブ型移行

日立は今、グローバルに社会や顧客の課題を解決する「社会イノベーション事業」へと事業構造の転換を進めている。海外売上高も10年で2倍になった。これで求められる社員や働き方も大きく変わった。多様な「人財」が時間や場所を越えて一緒に働き、主体的に成果を出す文化が必要だ。

そのためにジョブ型の人財マネジメントへ転換してきた。自律的なキャリア形成に向けては、リスキリング施策の展開やソニーグループと相互副業受け入れを始めた。4月には私の後任のCHROにイタリア出身のロレーナ専務が就任し、多様性の観点からグローバルな変革をさらに進める。

今年は創業者・小平浪平の生誕150周年。創業の精神を受け継いだ世界中の社員が顧客や社会に価値を提供し、成長する会社にしていきたい。

AI活用 幅広い分野で
中畑英信執行役専務中畑英信執行役専務

日立製作所が高く評価された項目にはAI関連が目立つ。事務作業の軽減やリスク検知など、幅広くAIを活用している。

ひとつの例が、AIを活用して組織内のコミュニケーションを支援する独自開発のサービス「ハピネスプラネットジム」だ。メンタルリスクに関わるコミュニケーションを改善させる効果だけでなく利用者のパフォーマンスの向上が確認できたことから、昨春には約7割の新入社員に導入した。

製造・開発の現場でのAI活用も評価が高かった。製造現場では、業務知識や論理的根拠に基づいて生データを前処理することでAIを活用しやすくし、稼働率の向上などに役立てている。開発では、目的に合った材料を探し出す過程にAIを活用し、探索の高速化につなげている。

審査委員長 清家篤氏

人的投資の充実へカジ
清家篤氏清家篤氏

2017年から始まった日経スマートワーク大賞は多様で柔軟な働き方などを通じて人材力や組織のパフォーマンスを高め、イノベーションや新たな市場を開拓する好循環を生み出す。その結果として生産性の最大化を目指すという理念は、今最も注目される「人的資本経営」の先駆けとなった。回答を寄せる企業の取り組みは年々高度化し、人的資本の拡充が進んできたと実感している。

今後は人的資本を自社の事業に「実装」し、成長を確かなものにしていくためのソフト面の充実が重要になる。社内の人的資本にとどまらず、外部からも活用するなど1社の枠を超えた取り組みが必要とされる時代が来るかもしれない。今回の受賞企業は各社とも人材の重要性を早くから経営課題としてとらえ、柔軟に活用し、成果を上げてきたと言える。

今回の受賞理由や取り組みを見ると、働き方改革で必要な要件を高いレベルで実現し、さらにテクノロジーを幅広く、かつ独自に生かしながら2000年代前半から滞っていた人的投資の充実へ各社とも再び舵を切ったことがわかる。少子高齢化による労働人口減という課題と向き合う中で、今回の受賞企業の先進的な取り組みに一筋の光明を見いだした印象を受けた。

概要

スマートワーク経営とは、多様で柔軟な働き方により人材力や組織のパフォーマンスを高めるとともに、イノベーションを生み、新たな市場を開拓する好循環を作り出して生産性を最大化する経営戦略を指す。日経グループはスマートワーク経営を実践する企業を新しい「日本の優れた会社」として評価するため、企業の競争力を様々な側面から解析する日経スマートワーク経営調査を毎年実施している。その結果を基に「日経スマートワーク大賞」表彰企業を選定している。各賞の受賞企業とは別に、サントリーホールディングスは今回も最高ランクを維持したため、「殿堂入り」企業として継続評価している。

・大賞
「人材活用力」「イノベーション力」「市場開拓力」「テクノロジー活用力」など、企業の成長に不可欠な力を総合的に評価し、最も優れた企業に贈る。

・審査委員特別賞
大賞に準じる企業や特定の分野で際立った取り組みをしている企業、飛躍的に成果を高めた企業に贈る。

・人材活用力部門賞
多様で柔軟な働き方の体制を整え、人材の能力を最大限に引き出している企業に贈る。

・イノベーション力部門賞
国内外の企業や大学との連携、知的財産の活用、情報化投資などを総合的に評価。

・市場開拓力部門賞
市場開拓の実例やSNSなどのコミュニケーション戦略、企業ブランド力などを総合的に評価。

・テクノロジー活用力部門賞
各部門で調査したテクノロジーの活用事例やその効果などを総合的に評価。

・審査委員長
清家篤(日本赤十字社社長)

・審査委員
坂東真理子(昭和女子大学総長)
鶴光太郎(慶応義塾大学大学院商学研究科教授)
ロバート・アラン・フェルドマン(モルガン・スタンレーMUFG証券 シニアアドバイザー)
石黒浩(大阪大学基礎工学研究科教授)
藤井彰夫(日本経済新聞社専務執行役員論説委員長)

(敬称略)

ページトップへ