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日経スマートワーク経営調査 研究講演会

スマート経営で拓く人的資本経営の未来

2023年5月12日、2022年までの日経スマートワーク経営調査の結果をもとに、「スマートワーク経営研究会」による研究講演会「スマート経営で拓く人的資本経営の未来」を開催した。その抄録を掲載する。

はじめに、座長の慶應義塾大学大学院・鶴光太郎教授が、学習院大学経済学部・滝澤美帆教授と共同でまとめた、今年の研究報告の総論とポイントを述べた。注目が集まる人的資本経営について、人的資本の稼働向上、拡大、情報開示の3つの観点から分析して解説した。

総論 -人的資本再考-

慶應義塾大学大学院商学研究科教授、スマートワーク経営研究会座長 鶴光太郎氏
鶴光太郎氏鶴光太郎氏

「人的資本経営」は、昨今、人事の関係者の最大の関心事となっている。経済産業省では、「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業活動向上につなげる経営のあり方」と定義しているものだ。

われわれは2017年にスマートワーク経営研究会をスタート。「スマートワーク」を「多様で柔軟な働き方の実現等により人材を最大限活用するとともに、イノベーションを生み、新たな市場を開拓し続ける好循環を作り、生産性など組織のパフォーマンスを最大化させることを目指す経営戦略」と定義した。スマートワークは、人的資本経営よりも包括的な概念といえるだろう。

人的経営が注目される背景として、企業価値を生み出す源泉が、かつての工場や機械などの物的資産から人的資産へと変わってきていることがあげられる。経済学では資本をフローとストックで捉える。かつて頭数×労働時間(マンアワー)のフローで考えられていたものが、能力やスキルに着目したストックによって付加価値を生み出すことが求められている。

人的資本経営には、水準拡大と稼働向上の2つのアプローチがある。これまでは教育訓練など、全体の水準拡大のアプローチが強調されがちだった。現在では後者の稼働向上に取り組むことが確実かつ早く効果を発揮するのではないか。今、盛んに言われているリスキリングについては、人によって求められるスキルが異なり、メンバーシップ型の従来の訓練では対応が難しい。多様なメニューを用意して、選択できる仕組みを用意すべきだ。こうした魅力的な研修制度は優秀な人材の吸引力になるだろう。人的資本経営では、キャリアの自律性が確保できるジョブ型へ変えることが必要だ。

情報開示については、人的資本の情報開示が義務化され、2018年に策定されたISO30414では11の領域について開示すべき指標を設定されている。しかし米国やEUの企業はすべての領域にわたって開示しているわけではない。企業ごとに対象と指標を選択し、自発的に開示していくことが重要であろう。日経スマートワーク経営調査に参加することは、情報開示に向けた良い取り組みとなる。アンケートで答えた内容を整理し、統合報告書に活用している企業も出てきている。

今、企業で求められているのは、将来の抜本的なイノベーションを志向し、成長していく人材だ。こうした人材は、自律的にキャリアを考え、必然的に職務を限定したジョブ型となる。職務記述書を整備しただけの「なんちゃってジョブ型」では機能しない。広義ジョブ型雇用が、企業業績、利益率に影響を与えることが調査でわかってきた。労働市場・雇用の流動性についても分析した。個々の具体的な分析結果と今後の課題については、各論で紹介していく。

人的資本の稼働向上 -従業員のウェルビーイング向上の方策-

慶應義塾大学商学部教授、スマートワーク経営研究会委員 山本勲氏
山本勲氏山本勲氏

人的資本の稼働率向上について、働いている人のウェルビーイングと企業業績の向上に着目して解説する。昨年のスマートワーク経営調査講演会では、睡眠の状態が企業の業績に関係することを発表した。今回は睡眠以外のウェルビーイング指標として、エンゲージメントを取り上げ、利益率の関係を分析した。

データとして、上場企業のビジネスパーソンを対象に調査した「ビジネスパーソン1万人調査」(BP調査)を使いた。エンゲージメントを示す指標には、仕事への熱意などを表す「ワークエンゲージメント」と企業への愛着などを表す「従業員エンゲージメント」の2つがある。これらを上場企業ごとに集計した指標を用いた。また、業績指標としては利益率(ROS)を用いた。

企業によるエンゲージメントの違いをみると、ワークエンゲージメントについては上位10パーセントと下位10パーセントの企業間で1.3ポイント、従業員エンゲージメントは0.9ポイントの差があった。このエンゲージメントの違いが利益率と関係があるのかを分析したところ、どちらも利益率とプラスの相関関係がみられた。変化に着目して分析すると、従業員エンゲージメントが高まった企業で利益率が高まる傾向もみられた。この結果から、ウェルビーイングを高めることは、組織のアウトカムである利益率を高める可能性があると考えられる。

勤務や人事関連の各種制度として、勤務間インターバルの制度にも検証した。勤務間インターバル制度の導入は、2019年に施行された働き方改革関連法によって企業の努力義務になり、導入率は上場企業では25%を超え、大企業は15%程度となっている。2022年のBP調査を検証すると、勤務間インターバルが十分に活用されている企業では、残業時間が短く、睡眠の質が高く、エンゲージメントが高い傾向があった。その他、心理的安全性やパーパスの理解、職場のコミュニケーションの良好さなど各種の人材施策が十分に活用されていると、ウェルビーイングが向上していることも確認できた。

在宅勤務については、利用頻度が低い人で在宅勤務日数の増加を希望する傾向がみられ、在宅勤務日数を増やしたいと希望している人ほど、睡眠の状態などのウェルビーイングが悪い傾向にあることもわかった。現在、コロナ後の在宅勤務の在り方の議論がされているが、在宅勤務、通勤勤務、ハイブリッドの三極化が続くとみられる。ハイブリッドの場合、従業員の希望を聞くことがウェルビーイングを高めることにつながると考える。

人的資本の拡大 -新たなテクノロジー活用とその担い手となる人材育成-

慶應義塾大学商学部教授、スマートワーク経営研究会委員 山本勲氏

新しいテクノロジーとデジタル人材には、望ましい組み合わせがあるのか、スマートワーク経営調査では、60近い項目を設定しており、さまざまなパターンがあることが見えてきた。新しいテクノロジーについて、最も導入が進んだ分野は在宅・コミュニケーション向上の技術で、テレワークが進んだことがその要因だろう。テクノロジー導入とデジタル人材育成との関係性を見たところ、IT人材の人数やAI・データサイエンティストの数とテクノロジー導入の数は、明確な関係性は見いだせなかった。しかし、DX人材の育成に多く取り組んでいると、テクノロジーの導入が多いとプラスの相関関係が見えた。つまり、新しいテクノロジーの活用と、DX人材育成には親和がある。両者の組み合わせがあると、スマートワークの総合得点が高く、離職率も低い傾向も見られた。新たなテクノロジーを社内の人材で有効に活用することが、スマートワーク経営や人的資本経営につながる可能性があると言えるだろう。

学習院大学経済学部教授、スマートワーク経営研究会委員 滝澤美帆氏
滝澤美帆氏滝澤美帆氏

人材育成とテクノロジーについては、後継者育成の取り組みについても関連づけて分析した。サクセッション・プラン(後継者育成計画)が、大企業だけでなく、中小企業にも求められている。また、情報開示のためのガイドラインISO30414でもサクセッション・プランの項目があり、後継者育成の重要性がより指摘されるようになった。

日経スマートワーク経営調査では、経営トップの後継者育成に関して、どのようなことを実施しているか、複数の回答が可能な選択肢を用意した。2018年から2021年に連続して回答している企業では、取締役会や指名委員会で後継者の計画を監督していると答えた企業が約5割、2021年には約7割が実施していると答えている。一方、登用の5年以上前から後継者リストを作成し、計画的に育成している企業は2割、採用時から一般社員と分けて育成している企業は10%未満と差がある。

調査では、後継者育成に取り組んでいる企業ほど、テクノロジーの導入が進んでいることがわかった。後継者育成の施策数が多い企業ほど、テクノロジー導入割合の平均値が高く、導入が進んでいる可能性がある。

雇用の流動性と後継者育成の関係性の観点からは、後継者育成施策が多いほど離職率は低く、労働生産性の平均値が高いとの結果が出た。そのため、特に雇用の流動性の高くない企業においては、後継者育成は企業パフォーマンス向上という観点からも重要になってくるだろう。

人的資本の情報開示 -情報開示と企業・従業員のパフォーマンスの関係-

学習院大学経済学部教授、スマートワーク経営研究会委員 滝澤美帆氏

現在、コーポレートガバナンスの観点から、人的資本の情報開示への関心が高まっている。日経スマートワーク経営調査では、2017年の初年度から情報開示についても調査項目を設定している。総論で鶴教授が述べているように、日経スマートワーク経営調査は先駆的役割を果たしており、企業の情報開示に役立っている。

2017年から2019年の調査結果からは、年々、情報を開示している企業が増えていることがわかる。特に女性管理職比率、新卒採用人数、有給取得率は5~6割の企業が開示していると答えている。

2019年時点で、女性管理職比率、有給所得率が開示しているかどうかに着目し、分析したところ、開示している企業のグループは、非開示グループより女性管理職比率、有給休暇取得率が高くなっている。2019年時点で開示していると回答した企業は、直後の2019年から2020年にかけて女性管理職比率を、非開示グループより大幅に増やしていることがわかった。年次有給休暇所得率については、両者に大きな差はなかった。

情報開示と株価の関係については、まだ公開されている調査結果は少ないため、先行研究は数が限られているが、今回は日経スマートワーク絵経営調査データを用いることで企業の株式時価総額と人的資本の情報を開示しているかどうかの関係について分析した。その結果、情報開示とその後の株価の相関関係は、情報開示数と株価の単相関でプラスとなったが、因果関係については不明である。今後は、情報開示によってステークホルダーから企業が適切に評価され、企業価値が増大することが期待されている。情報開示が義務化されたが、今後は投資家が納得しやすい形で情報が開示されているかどうかが、企業価値に影響してくるであろう。開示と株価については、開示義務化後のデータを使った分析が必要とされている。

※「スマートワーク経営研究会」については、こちらからこれまでの研究の詳細をご覧になれます。

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