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日経スマートワーク大賞2023

人への投資を活力に 先端テクノロジー駆使

日本経済新聞社は、働き方改革を通じて生産性を高め、持続的に成長する先進企業を表彰する「日経スマートワーク大賞2023」を決定し、表彰式を開いた。大賞のソフトバンクをはじめ、新型コロナウイルス禍を経て働き方を進化させたり、先端テクノロジーを創出できる人材を育成したりしている6社の取り組みを紹介する。

大賞 ソフトバンク

研修充実、外部と開発連携

ソフトバンクは在宅勤務中心の働き方が実現できているほか、フレックスタイムの適用範囲も広く、自由度が高いことなどが評価された。「人材活用力」「イノベーション力」「市場開拓力」といった主要な評価項目で、審査委員から高い支持を集めた。

在宅勤務の利用可能者は全社員の86%に上り、うち実際に利用している人は9割を超えた。平均で週に4回在宅勤務をしている割合は8割に達した。人材への投資も評価された。2021年度の社員1人あたりの研修費は平均で13万4296円に上った。22年1月には人工知能(AI)に関する人材育成プログラムを開始。このほかDX人材育成やSDGsなどの研修も充実させている。

「イノベーション力」「市場開拓力」では外部との連携が評価された。東京大学と連携し、世界最高レベルのAI研究機関として「Beyond AI 研究推進機構」を設立し、20年から共同研究を開始している。

AI自体の進化など、最先端AIを追究する中長期の研究テーマを設定。研究成果を基にした事業化のほか、新学術分野の創造も目指すとしている。ソフトバンクからも人を派遣し、初期段階から事業化を見据えた研究活動を実施している。

このほか、愛知県のスタートアップ支援拠点「STATION Ai」の整備・運営事業も受託。スタートアップ向けの支援プログラムの提供や、施設の設計・運営なども担っている。ソフトバンクの事業のノウハウやネットワークを活用して、グローバルなスタートアップ・エコシステムの構築を目指している。

デザイン思考の研修を受けるソフトバンクの社員たち

デザイン思考の研修を受けるソフトバンクの社員たち

既成概念にとらわれず挑戦
宮川潤一社長宮川潤一社長

働く人の価値観が変わってきている。「Z世代」と言われる20代や、朝から晩までスマートフォンを触っている10代が社会に出ていくタイミングで、企業も人や時代に合わせて変わっていかないといけない。

ソフトバンクは10年前から社内業務のペーパーレスを推進し、フロアからコピー機を一斉になくした。デジタルの会議ができるようにしたほか、iPhoneなどを配布。デジタルの基盤を築き上げてきた。10年たち、ようやくこうした取り組みに花が咲いた。

時代は第4次産業革命のまっただ中にある。社会のデジタル化がさらに進み、人工知能(AI)が活用されることでさらに労働生産性は高まる。新しい働き方やビジネスモデルがどんどん生まれてくる。これまでの既成概念にとらわれず、貪欲に挑戦していきたい。

審査委員特別賞 NEC

スキルの向上、積極的に支援

NECは人的資本経営の視点での評価が高く審査委員特別賞を受賞した。力を入れるのは教育だ。

2019年に人工知能(AI)を社会で活用できる人材を育成する「NECアカデミー for AI」を開講し社内外で提供してきた。21年にはセキュリティーやシステムデザインを学ぶ「NECアカデミー for DX」を始めた。社内で20年度に5000人だったデジタルトランスフォーメーション(DX)人材を25年度までに1万人にする計画を掲げる。

狙いは顧客企業の要望を聞いてシステムを構築する従来型ビジネスからの脱皮にある。専門的な知見を持つ人材を育て、より本質的な課題を把握し適切なソリューションを提案できるようにする。

IT(情報技術)業界は人材獲得競争が激しい。「選ばれる会社」となるため、25年度を最終年度とする中期経営計画では、20年度に25%だったエンゲージメントスコアを50%とすることを目指している。

社員の健康増進ではグループ会社が提供するサービスを使い、定期健診のデータをAIで分析して将来の健康状態を可視化。健康に対する意識を高めて行動の変化を促している。

新しい働き方も積極的に推進している。コロナの感染状況にかかわらずリモートワークをする社員が増えたため、オフィスをコミュニケーションの場と位置づけた。社員食堂や取引先も入れるワークショップ向け会議室などの共用空間を本社周辺、川崎市の拠点で従来の8倍に広げ、働きがいのある職場づくりを進めている。

NECは社員食堂など、人とコミュニケーションをとれるスペースを増やす

NECは社員食堂など、人とコミュニケーションをとれるスペースを増やす

社員に選ばれる会社に
森田隆之社長森田隆之社長

経営においては事業戦略がよく語られるが、実行するのは人だ。高いモチベーションを維持できる文化が重要と考えている。就任時に策定した中期経営計画では、エンゲージメントそのものが企業の競争力を左右するという考えに基づいて社員のエンゲージメントスコアを高める目標を掲げる。

中でも働きがいを高めるスマートワークには重点を置いている。出社とリモートワークのハイブリッドな働き方では働く場の意味が変わっており、オフィスでは外部の人と接触する場を広げている。

働きがいのためには心身が健康であることも重要だ。睡眠、メンタルなど、関心の高い領域で、オンライン、リアルのセミナーを積極的に展開している。また、自らが実践したノウハウを顧客に提供して、価値の高い製品に仕上げていきたい。

当社は事業環境が変化する中で、ジョブ型への移行を進めている。社員が学び続けられるように支援したい。会社と社員は対等だ。社員に選ばれる会社となり、社員が能力を最大限発揮できるようにしたい。

人材活用力部門賞 アフラック生命保険

人材登用、多様性を尊重

アフラック生命保険は女性や外国人役員の登用や女性管理職比率の上昇など、ダイバーシティー(多様性)に関連する項目で特に高い評価を得て人材活用力部門賞を受賞した。

取締役兼務も含め執行役員の女性が9人、外国人が5人にのぼる。加えて管理職に占める女性比率も25%超と高い。働き手の意識改革と働き方改革を並行して進めてきた。女性部長や課長が自ら研修を企画・立案・運営し、意欲のある女性に対し役員との対話やネットワーク構築の機会を提供する仕組みを2018年に導入。女性が管理職のキャリアをイメージしやすく、昇進意欲の醸成などに役立っているという。

21年には転勤のない首都圏以外で働く社員を転居させることなく本社に配属させる「リモートキャリア」制度を導入した。23年2月時点で26人が活用し、幅広い人材のキャリア形成につながっている。

男性社員の育休取得率も高めることで、性差なく仕事の平準化を進められる環境も整備した。取得の周知とともに育休期間中の一部を有休化するなどした。男性育休取得率は19年以降、100%を達成している。21年の平均取得日数は約16.6日間と、より長期に取得する社員も増えている。


古出真敏社長古出真敏社長

新型コロナウイルスが感染拡大と収束を繰り返すなか、(在宅勤務を組み合わせる)ハイブリッドな働き方は更に進化してきた。現在は感染症対策の観点だけでなく組織の成果の最大化や人財エンゲージメントの観点で、どういう働き方を選択すべきか、各部門リーダーが考えて実践するようになった。環境変化を踏まえながら社員のワークライフマネジメントのあり方を継続的に進化させてきた。

今回は「ダイバーシティー」関連の項目で高い評価をいただいた。管理職の女性比率は1月に25.3%になった。2025年には30%を目指している。女性を含め、多様な人財が主体的に活躍できる環境を作るためには継続的な育成が重要だ。将来を見据え、今後も積極的に全社で人財育成に取り組んでいきたい。

イノベーション力部門賞 リコー

先端IT人材比率2割に

イノベーション力部門賞を受賞したリコーは、教育制度の充実などで先端分野人材の育成に注力していることや、先端IT(情報技術)人材の比率が20%、データサイエンティストの比率が2.5%と高いことなどが評価された。人材育成などを通じて社内からデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めている。

リコーはデジタルサービス会社への変革を目指す一環として、全員参加型の「社内デジタル革命」を経営方針に掲げており、人工知能(AI)などを活用した業務プロセスの改革を進めている。例えば業務フローや仕事のやり方を変えるために、各部門から選出したDX人材の候補を育成している。

AIやデータサイエンスのレベルを上げるための社内塾も開いている。「3M業務」と位置づけた「面倒・マンネリ・ミスできない」という仕事をなくし、人にしかできないような創造的な仕事へのシフトを目指す。

また、オープンイノベーションへの取り組みも評価につながった。2019年度から「トライバス」と呼ぶスタートアップ企業や社内外の起業家を支援するプログラムを続けており、ビジネスアイデアを事業化につなげやすい仕組みを整えている。


山下良則社長山下良則社長

リコーは現在グローバルで約8万人の社員が働いている。変化が激しい世界の中でも、企業理念の「三愛精神」の実践と、常にお客に寄り添うことは大切にして変えないようにしている。

リコーは1977年にオフィスオートメーション(OA)を初めて提唱したが、その時の趣意書を見ると「機械にできることは機械に任せて、人はもっと創造的な仕事をしよう」と書いてある。この機械にできることは機械に任せるということを強化すべく、デジタルサービスの会社への変革を急いでいる。

その先にある創造的な仕事をすることに役立つための研究を進めながら、働く人の「はたらく歓び(よろこび)」につなげていきたい。これらはまさにイノベーションの追求であり、世の中の働く人への貢献を進化させていく。

市場開拓力部門賞 富士フイルムホールディングス

先端AI生かし商品開発

富士フイルムホールディングスは人工知能(AI)の技術を活用した商品開発に力を入れている。特にヘルスケア部門ではすでに医療現場などでAIを活用した医療機器やソフトウエアなどの利用が広がっていることなどが評価され、市場開拓力部門賞を受賞した。

富士フイルムは成長領域としてヘルスケア部門に注力しており、2021年に日立製作所から画像診断機器事業を買収した。超音波や内視鏡、X線、コンピューター断層撮影装置(CT)など幅広い機器をそろえ、画像解析やシステム開発技術、AI技術などを活用することで新たな価値を生み出すことを目指している。

例えば、がんが疑われる領域を自動で検出する内視鏡AI技術のほか、診断機器が不足している新興国などインフラが整備されていないような環境でも使いやすい携帯型X線撮影装置を開発した。結核のスクリーニング検査などに役立てている。

またCT画像から臓器を自動で認識し、肺結節の検出や骨の変化を表示するなどAI技術を活用した画像診断の業務フローを支援するAIプラットフォームも開発。リポートを自動で作成する機能も持っており、医師の診断効率の向上につなげる。


助野健児会長助野健児会長

無形資産の価値を上げることが企業価値向上につながると言われる。この無形資産の中核となるのが人材だ。経営の最重点課題の一つとして「健康経営」を推進し、社員が心身ともに生き生きと働ける環境を構築することで、社員の持つ力を最大限に引き出していきたい。

事業を通じた社会課題の解決を経営の根幹に据えている。例えば、新興国で診断機器が不足している地域の医療機関に診断装置や人工知能(AI)技術を活用した診断支援のソフトウエアを展開し、医療の質とアクセスの向上を目指している。

今後も独自技術でイノベーティブな製品やサービスを開発し、新たな価値を社会に提供することで、サステナブル社会の実現と世界に山積する社会課題の解決に貢献し続けたい。

テクノロジー活用部門賞 ソニーグループ

営業成約率、AIで予測

ソニーグループはデータを活用した効率的な働き方が進む。全社的に技術力を高める制度や活動が充実していることも評価され、テクノロジー活用部門賞を受賞した。

例えば、グループ傘下のソニーネットワークコミュニケーションズが開発した人工知能(AI)を活用したツール「プレディクション ワン」がある。分析用のデータさえ用意すれば、プログラミングなどの専門知識がなくても簡単なクリック操作だけで高度な需要予測などができる。営業における成約率の予測などに活用して業務効率化につなげている。

またソニーGの多様な事業が保有するデータを一元的に収集して分析に使える「ソニー データ オーシャン」もある。例えば音楽が好きなユーザーと、テレビゲーム機「プレイステーション」のユーザーの情報を組み合わせて分析することで、ゲーマーに特化した音楽のプレイリストを提供している。

制度面でも全社から選出した優秀な技術者に称号を付与したり、グループ横断の交流を進めていることで、最先端の技術を全社で共有しやすくしている。定型業務を自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)も積極的に導入し、大幅に作業時間を削減している。


小寺剛常務小寺剛常務

ソニーグループは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」をパーパス(存在意義)に掲げている。経営の方向性も「人に近づく」とし、長期視点で新しい価値の創造を目指している。

パーパスに「テクノロジー」とあるように、感動の提供を通してソニーが社会に貢献していくにはテクノロジーの活用は不可欠だ。テクノロジーは製品やサービス、コンテンツの進化を支えて新たな感動体験を生み出すと共に、顧客エンゲージメントの強化から社員の業務効率化まで様々な場面で活用されている。

グループの多様な事業が持つデータのポテンシャルを最大限に生かしてさらなる成長を実現する。データという資源を活用しソニーならではの新たな付加価値をユーザーやクリエーターに提供する。

審査委員長 清家篤氏

物価高下の生産性 経営真価問われる

パンデミックや大規模な軍事侵攻など、世界的な激変が日本経済や働き方に影響をもたらす中で表彰の時期を迎えた。資源価格の高騰や物価高により企業で賃上げが検討され、いよいよ生産性向上への経営の真価が問われる段階に入った。

23年3月期からは、有価証券報告書への人的資本の情報開示が企業に義務付けられ、とくに働き方や人に関わる情報と企業価値の開示を強く求められるようになった。大賞のソフトバンクをはじめ、受賞企業はその重要性に早くから気づき、不断の努力を積み重ねてきたエクセレント・カンパニーとして選んだ。

審査を通じ、激しい外部環境に対応しながら企業は経験を積み、施策に強靱(きょうじん)さが宿ってきているように思う。これは企業トップが絶え間なく自ら旗を振り、改革を進める努力を続けることの重要さを示すものでもある。

最近自社の統合報告書にスマートワーク経営調査の評価を掲載する企業も増えていると聞いている。重厚な調査への回答が自社の自信やステークホルダーへの信頼につながってきているのであれば、これにまさる喜びはない。

サントリーHD、3年連続「殿堂」入り

各賞とは別に、大賞を連続受賞した企業のみが対象となる「日経スマートワーク殿堂」で、サントリーホールディングスが3年連続で「殿堂入り」を果たした。

同社は第2回、第3回で大賞を受賞した。「日経スマートワーク経営調査」では、総合ランキングで最も高い評価である5つ星(偏差値70以上)を今回の第6回調査まで5年連続で獲得した。分野別評価では人材活用力、市場開拓力が最高水準の「S++」だった。

人材活用力では、シニア人材の経験や能力を地方創生に生かすため、社内公募で自治体に派遣する制度などが評価された。のべ9人の派遣実績がある。使用済みプラスチックの再資源化技術なども市場開拓力の高評価につながった。

日経スマートワーク大賞2023の受賞企業

概要

スマートワーク経営とは、多様で柔軟な働き方により人材力や組織のパフォーマンスを高めるとともに、イノベーションを生み、新たな市場を開拓する好循環を作り出して生産性を最大化する経営戦略を指す。日経グループはスマートワーク経営を実践する企業を新しい「日本の優れた会社」として評価するため、企業の競争力を様々な側面から解析する日経スマートワーク経営調査を毎年実施している。その結果を基に「日経スマートワーク大賞」表彰企業を選定している。

・大賞
「人材活用力」「イノベーション力」「市場開拓力」「テクノロジー活用」など、企業の成長に不可欠な力を総合的に評価し、最も優れた企業に贈る。

・審査委員特別賞
大賞に準じる企業や特定の分野で際立った取り組みをしている企業、飛躍的に成果を高めた企業に贈る。

・人材活用力部門賞
多様で柔軟な働き方の体制を整え、人材の能力を最大限に引き出している企業に贈る。

・イノベーション力部門賞
国内外の企業や大学との連携、知的財産の活用、情報化投資、新製品の寄与度などを総合的に評価。

・市場開拓力部門賞
市場開拓の実例やSNSなどのコミュニケーション戦略、顧客満足度、市場シェアなどを総合的に評価。

・テクノロジー活用部門賞
各部門で調査したテクノロジーの活用事例やその効果などを総合的に評価。

・審査委員長
清家篤(日本赤十字社社長)

・審査委員
坂東真理子(昭和女子大学理事長・総長)
鶴光太郎(慶応義塾大学大学院商学研究科教授)
ロバート・アラン・フェルドマン(モルガン・スタンレーMUFG証券 シニアアドバイザー)
石黒浩(大阪大学基礎工学研究科教授)
藤井彰夫(日本経済新聞社常務執行役員論説委員長)

(敬称略)

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