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日経「スマートワーク経営」調査 研究講演会

ポストコロナ時代を見据えた人材活用・活性化戦略とは

2022年5月13日、昨年までに5回実施した日経「スマートワーク経営」調査の結果をもとに、「スマートワーク経営研究会」座長の慶應義塾大学大学院・鶴光太郎教授を中心に最新の研究成果を報告する研究講演会「ポストコロナ時代を見据えた人材活用・活性化戦略とは」を開催した。その抄録を掲載する。(アーカイブ映像はこちらから、研究講演会資料はこちらから)

冒頭に、座長の慶應義塾大学大学院商学研究科の鶴光太郎教授が今年の研究テーマについてポイントを述べた:
withコロナの状況は依然継続しそうだが、今はこれまでの課題を総括する良い時期と言えるだろう。今回の研究では、日経「スマートワーク経営」調査の2017年から2021年までの5年間に渡る結果をもとに、在宅勤務に加え、レジリエンス、人的資本投資、睡眠の新たなテーマを設定して分析を進めた。

在宅勤務 -コロナ下での課題とウェルビーイングとの関係-

慶應義塾大学大学院商学研究科教授、スマートワーク経営研究会座長 鶴光太郎氏
鶴光太郎氏鶴光太郎氏

在宅勤務利用率は、コロナ前は制度があっても実施していたのは10%前後だったが、2020年以降は製造業で5割、非製造業で6割を超えた。1カ月で利用可能な日数は、17日以上と回答した企業が6割を超えている。働き方に関わらず在宅勤務が利用できることが重要だということは従来からこの研究会で指摘してきたが、2021年には回答企業の8割近くまで在宅勤務をする理由に関わらず実施するようになってきている。

在宅勤務を前提とした業務フローが進んだ結果、在宅勤務に必要な環境整備の補助も取り入れられるようになった。請求書や会議資料の電子化などペーパーレス化はやや遅れているものの、Webミーティング、ビジネスチャットの導入率は高い。

一方、意識面のおける課題は依然として残っている。新人の採用・研修、新規取引先の開拓など、新たに構築すべき人的関係関連については対面で行いたいとの要望が多い。

在宅勤務の実施日数については、「週に2日程度が最適」との回答が最も多かった。実際の実施比率は産業によって異なるが、商社や金融では実際の在宅勤務利用日数が想定実施日数を上回っている。

上場企業のホワイトカラーを対象にしたビジネスパーソン1万人調査の結果からは、週2、3日程度の在宅勤務を実施している割合が最も多いことがわかった。一方で在宅勤務は困難と感じる層は依然2割前後おり、在宅勤務への対応は二極化している。

在宅勤務の利用率を高める業務として、新規開拓や創造力を生かした仕事などがあがった。テクノロジーの導入、業務の責任範囲の明確化、自律的成長を促す業務などが在宅勤務を支える要因と言える。また、コロナ以前には、在宅勤務は残業時間が長くなるだろうと危惧されていたが、実際は減っていることもわかった。

在宅勤務利用度の高さは、仕事のやりがいやウェルビーイングの向上とも相関があることがわかった。最適な方法で働けていると感じている人たちほど、ウェルビーイングを感じている割合が高い。

これまで取り組まれてきた働き方改革やテクノロジー利用、職場雰囲気、経営への共感などに加え、在宅勤務の実施は従業員のウェルビーイングを向上させる可能性を持っている。今後は在宅勤務率を現在と同程度に維持したいと考えている企業側と引き上げたいと考えている従業員側とのギャップにどう対応していくかが課題となっていくだろう。

レジリエンス -コロナショックの影響と在宅勤務-

慶應義塾大学商学部教授、スマートワーク経営研究会委員 山本勲氏
山本勲氏山本勲氏

コロナ以降、「レジリエンス」という言葉が注目されている。これは復元力、反発力の意味で、ショックな出来事が起きたときに影響を抑える力を表している。今回の研究では、コロナ危機において、どのような要因がレジリエンスに貢献したかという点に問題意識を設定した。

昨年度の調査研究では、コロナ直後に在宅勤務利用率が高かった企業は、人員調整をしなくて済んだ割合が多いという結果がわかった。今年度はコロナ危機後の財務諸表から、利益率や労働生産性といった客観的な業績指標との関連性を研究に加えた。

調査データからは、コロナ後は在宅勤務利用率が高いほど、利益率や労働生産性が高いことが明らかになった。モバイルPCの貸与が多い、在宅勤務の費用の補助を行っている、在宅勤務の整備を行っている企業ほど、利益率との相関性が強く出た。一方、労働生産性からは、在宅勤務の利用率との関連はあまり見られなかった。

従業員の所得階層が高いほど、在宅勤務でレジリエンスが上昇している。ウェルビーイングについても高所得者層ほどポイントが増加傾向にあり、所得による格差拡大が見られる。今後はこうした格差に留意し、差がつきやすい部分の解消に取り組むことが重要だと考える。

働き方と人的資本投資 -企業パフォーマンスへの影響-

学習院大学経済学部教授、スマートワーク経営研究会委員 滝澤美帆氏
滝澤美帆氏滝澤美帆氏

G7各国の中でも、日本は他と比べて経済成長が低迷している。成長率停滞の原因として少子高齢化による労働力減少が考えられがちだが、実は労働生産性上昇の低迷に原因があると指摘されている。企業の生産性など企業パフォーマンスを向上させるためには、働き方や人への投資を含む無形資産が生産性向上と関係があるのではないかといった分析の成果がある。

そこで今年度の調査研究では、在宅勤務と企業パフォーマンスの関連について、そして人的投資と企業パフォーマンスの相関について分析した。

日経「スマートワーク経営」調査の5年分の調査結果を用いて分析した結果、新型コロナ感染症が拡大した2020年以降、労働生産性が急激に低下した。一方、ROA(総資産利益率)はゆるやかに低下している。この間に増加した在宅勤務が企業パフォーマンスに影響したかどうかを検証することは、今後、企業が在宅勤務を継続すべきかどうかを検討する材料となる。今回の分析では、単純な2変数間の相関でみると、在宅勤務は、労働生産性やROAと弱い正の相関があることがわかった。また、2020年までの企業の財務データを用いた重回帰分析を行った結果では、在宅勤務比率が上昇することで、労働生産性にマイナスの影響は出ていないことがわかった。ROAについても負の影響はなかった。

今後は、2021年度の財務データを追加し、在宅勤務と企業パフォーマンスの関係の分析の精緻化をしていくことが必要だ。

日本はGDPに対する無形資産投資のうち、ソフトウェア投資やR&D投資は諸先進国に比べても遜色はない。しかし、GDPに対する人的資本投資では、4分の1、あるいは3分の1程度と低水準にある。

人材育成に要した費用を投資として計上する考え方を「費用ベース・アプローチ」と呼ぶ。今回は日経「スマートワーク経営」調査の各企業の研修費を人的な投資として分析した。この5年間では、一人当たりの人的資本投資額はコロナ後に減少し、平均値で4万3千円程度となっている。R&D投資やICT投資が行われているにも関わらず労働生産性が上昇していないのは、新しい技術を使いこなせる人材が少ない、あるいは使いこなせるように訓練ができていない可能性があると言えるだろう。

また、人的資本投資は、労働生産性やROAといった企業パフォーマンスにプラスの関係があることが明らかになった。教育訓練費は、将来の投資として捉えると見方が変わってくる。今後はコロナ後のデータを追加して、さらに検証していきたい。

睡眠 -睡眠からみた健康経営とウェルビーイング-

慶應義塾大学商学部教授、スマートワーク経営研究会委員 山本勲氏

従業員の健康が企業経営にプラスの影響を与える可能性がある。しかし、経済学などの社会科学では、睡眠と企業の間にどのような関係があるかといったエビデンスはほとんどない。そこで上場企業への調査と上場企業に勤めるビジネスパーソン1万人への調査を使い、睡眠と働き方、企業業績の関係を分析した。

平日の睡眠時間は、男女、年齢層によって異なる。企業単位の従業員の睡眠時間と睡眠の質を、年齢や性別の要因による影響を除去して、企業ごとに計算した。結果として、睡眠時間は企業間でばらつきがあり、上位10%と下位10%で1時間程度の差があることがわかった。睡眠の質についても、10段階で2段階程度の差があった。

睡眠時間と睡眠の質が企業間で差が出る要因について重回帰分析をしたところ、残業時間が延びると睡眠時間が減り、質も低下することがわかった。仕事の目的の明確化などの人材マネジメントや在宅勤務、正社員女性比率の高さも睡眠時間に影響している。労働時間の影響を因果推論で分析すると、月10時間の残業が減ると、4時間睡眠時間が増えるといった関係性も明らかになっている。

睡眠時間と質が業績とどう関係するか、ROS(売上高経常利益率)との関係性を見たところ、プラスの相関関係があった。統計解析で他の要因を調整しても、従業員の睡眠時間が長いほど、企業の業績が良いとのプラスの相関関係があることがわかった。変化に注目した分析でも、睡眠時間が増えると企業業績が向上する関係があることがわかった。特に、睡眠時間が上位20%と下位20%の企業を比べると、ROSが1.8~2%異なるとの結果が出た。睡眠の質についても因果関係があることがわかった。これまでのスマートワーク経営調査で、健康経営に取り組む企業は、数年後に業績向上につながることを示したことがあるが、睡眠においてもこの結果と明らかに整合性がある。

健康経営を進めることは、従業員のウェルビーイングを高めるだけでなく、企業業績にも良い影響を与えることが見えてきた。健康経営の中で、睡眠に焦点を当てた施策に取り組むことが、将来の良い結果を生むことにつながるだろう。

※「スマートワーク経営研究会」については、こちらからこれまでの研究の詳細をご覧になれます。

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