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総論
スマートワーク経営研究会では、初期には長時間労働の削減が重視され、次には働き方改革と生産性向上の両立が議論されてきた。その中で、我々は従業員の理解やウェルビーイングの向上が、働き甲斐に結びつくものとして重要であると主張してきた。
新型コロナ感染症が広がる現在の状況は、新たなテクノロジーを徹底活用し、多様で柔軟な働き方を進めるチャンスと捉えるべきだ。健康経営の推進は従業員のウェルビーイングやエンゲージメント向上につながり、取り組み方次第で企業の業績に差がつくだろう。
Withコロナ時代の働き方の変貌に関する実証分析
在宅勤務に関わる制度として1カ月の利用可能日数が20日以上ある制度がある場合や、フレックスタイム制度、副業や兼業を認めている場合に、在宅勤務比率が有意に高くなる分析結果が得られた。モバイルパソコンの貸与や資料の完全電子化、ビジネスチャットツールの導入は在宅勤務実施にプラスに働いている。またダイバーシティ施策の数が多いほど、在宅勤務比率が高い結果が得られた。
コロナの影響下での業種別稼働率については、非製造業であるサービス業、小売り・外食、金融、商社では稼働率が下がって影響が大きく、人員調整をする傾向もあった。在宅勤務によって稼働率が高まり、ビジネスの継続性が実現する。従前から柔軟な働き方を取り入れ体制が整備できている企業では、稼働率を落とさずに済んだことが調査から見えてきた。
健康経営の役割・重要性に関する実証分析
労働時間が長いほど十分な睡眠や休養がとれている人の割合が少なくなる傾向がある。2年連続長時間労働をした企業では、メンタルヘルス不調者が多い結果が出た。健康経営の取り組みに対する従業員の評価が高いほど企業の業績が良い。企業と従業員の間で健康経営に対するギャップが小さいほうが、利益率が高い傾向が出た。
日経スマートワーク経営調査で健康経営に取り組んでいる企業の株価指数とTOPIXを比較すると、健康経営企業のパフォーマンスがよいことが分かった。従業員の健康に配慮する企業は、人的資本の蓄積により業績も向上・安定し、投資家もそれを評価してる可能性がある。
評価上位企業による取り組み事例紹介
健康経営の考え方として、一人ひとりの心身の健康保持・増進を社員に意識してもらい、会社として支援・推進している。活力ある人財が能力を最大限に発揮し続け、組織力を向上することが狙いだ。具体的な健康管理活動としては、健康診断所見者の二次健診受診率の向上やメンタルヘルスケアなどを長年、行ってきた。現在はマネジメントラインとの連携も強化し、ステークホルダーからの信頼醸成のための外部発信も進めている。
2018年に健康経営施策の展開を宣言し、『AGCスワンプロジェクト』と題して受動喫煙ゼロ運動を始めた。2019年は基盤整備として、健康診断の全社統一を開始。統括産業医体制の構築や歩行イベントをスタート。2020年は施策推進の年として、経営者がコミットメントし、健康管理KPIを設定して具体的な数値目標を掲げた。
イノベーション創発に関しては、神奈川県内の研究開発2拠点を「横浜テクニカルセンター」に統合し、施設内に社内外の協創を加速させるための空間「AO(アオ)」を設置した。人財戦略としては『CNA(Cross-divisional Network Activity)』と呼ぶ、部門横断的なネットワーク活動を実施している。個人の専門性を軸に横断的にメンバーを集めて自由に活動するもので、40のスキルマップを用意。スキルごとに勉強会や他のグループ、社外との交流などによって高め合い、個人と組織が共に成長するサードプレイスになっている。
さらにチャレンジする企業文化を耕し続けるために、経営陣との対話、有志活動の支援などを行う活動も発足した。若手社員と社長が参加した合宿での議論が、現在、中堅社員、工場長を巻き込んで展開している。
長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」において、「社会的価値の創造」と「経済的価値の創造」の両立で企業価値を向上させるCSV(Creating Shared Value)を経営の軸に据えて、世界のCSV先進企業となることを目指している。多様性推進、働きがい改革、健康経営によって、新たな価値創造を促す。
多様性推進の事例として、女性社員の新たな視点でイノベーションを生み出している。2019年オープンの「シャトー・メルシャン 椀子ワイナリー」は女性社員が提言から立ち上げまでけん引し、世界30位のワイナリーに選出された。ビールの楽しさを発信したいと若手女性社員の提案から新たなクラフトビールブランド「SPRING VALLEY BREWERY」が生まれた。2014年からは「キリン・ウィメンズ・カレッジ」を開講し、次世代リーダーを育成している。
若手社員の自発的な取り組みである「キリンアカデミア」は、挑戦志向の風土をつくりたいという有志の活動として始まった。社内外のゲストによるトークセッションなどを企画し、コロナ禍でもウェビナーに切り替え、学びの輪が広がっている。
2020年には働きがい改革「KIRIN Work Style 3.0」を始動した。仕事の意義(Why)に立ち戻り、加速・変革・中止・縮小の4つの観点から自ら仕事の中身(What)を見直し、主体的に働き方(How)を考える取り組み。仕事の体験価値を高めて働きがいを感じ、会社と社員の成長を促していく。
CSV経営の重点課題のひとつに「健康」を位置づけている。コロナ禍においては、「免疫機能の機能性表示食品」への日本初の届出受理を実現した「プラズマ乳酸菌」を使用したサプリメント”iMUSE”を業務上出勤が必要な従業員に配布した。また、健康的な生活習慣を奨励する「免疫ケア習慣キャンペーン」を展開。健康経営の取り組みについては、従業員の疾病予防にとどまらず、活力の維持向上を通じて新たな価値の創造につなげている。
パネルディスカッション
鶴教授AGC、キリンホールディングスの2社から示唆に富んだ発表をいただいた。健康経営をどのように進めていくのかを掘り下げていきたい。
山本教授AGCの事例で経営者のコミットメントの重視、KPIの設定、マネジメントラインとの連携強化をしていると聞き、会社全体で健康経営を進めることが重要であること、それが研究会調査結果の実証データ分析とも整合していると認識した。キリンホールディングスは本来の目的である働きがいを追求している点が印象的だった。現在のコロナ禍においての気づきと、今後の考えを伺いたい。
キリンHD三好氏これまで出社しないとできないと言われていた仕事も、在宅でできることがわかり、働き方改革につながった。健康経営には会社に対するエンゲージメントが重要だと実感した。今後は社員だけではなく、その家族の健康も視野に入れていきたい。
滝澤教授多様性と企業のパフォーマンスの関係は、データから分析していたが、具体的な事例を伺い、その主張を強く発信できると確信した。AGCでは、CNA活動として社員がスキルマップに登録されるとのことだが、社員全員が登録されているのか。活動の頻度についても伺いたい。
AGC 簾氏スキルマップには総合職の全員が登録している。活動の頻度はスキルリーダーに任せており、年1回のスキルリーダーの集会で報告、議論がされている。同じスキルをもった海外の仲間を交えてアジアでも同様の活動を展開している。
滝澤教授多様性の推進でご紹介いただいた「キリン・ウィメンズ・カレッジ」の活動について、課題解決やイノベーションにつなげるために、どのように取り組んでいるのか聞きたい。
キリンHD 三好氏課題解決につなげるために上司にもコミットしてもらい、リーダーシップを発揮してやり遂げる体験を支援している。日常の仕事を充実させるには、多様な視点を盛り込むことが重要。仕事の価値体験を高めようと社内に伝えている。
鶴教授健康経営に取り組む企業は、従業員のウェルビーイングを非常によく考え、実践している。また企業のパフォーマンスを高めるには、イノベーションの創発が欠かせない。イノベーションはつながることによって起こる。コロナ禍だからこそ、時間と場所の制約がなくなってオンラインでつながったことは興味深い。スマートワーク経営調査は、自社の状況を客観的に知る機会になるし、目標をどう設定すればよいかの参考になる。是非、多くの企業に調査に参加していただきたい。