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シンポジウム「スマートワーク―X日本の挑戦」、働き方改革、新常態で加速

日本経済新聞社は働き方改革をテーマにしたシンポジウム「スマートワーク―X 日本の挑戦」を9月14日に無観客で開いた。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて働き方や生活様式が大きく変化し、企業が対応を迫られている。社員との結び付きを強化し、イノベーション創出を促すような経営をいかに実践すべきか、企業トップらが意見を交わした。

基調講演

「未来の創造」を企業戦略に
竹内弘高氏米ハーバード大経営大学院教授
国際基督教大学理事長
竹内 弘高 氏

戦略論には「アウトサイド・イン」と「インサイド・アウト」という2つの考え方がある。伝統的な考え方のアウトサイド・インは、環境や業界、他社を分析し、自分の戦略的ポジショニングを考えるものだ。

新型コロナウイルスのデータを見ると、米国の感染者数や死者数は日本とは比べものにならないほど多い。日本は人口100万人あたりの過去7日間の死者数も他国に比べ少ない。このように相対的にみると、日本の立ち位置がわかる。

1968年に米国の国家安全保障局が出したリポートがある。未確認飛行物体(UFO)に攻撃されたときにどうすべきかを論じたものだが、その結論は「日本に学べ」だった。それには3つの理由がある。

1つ目が、技術は劣っているが、すぐに追いついたため。新幹線が開通し、セイコーが東京五輪の公式タイムキーパーになった60年代に、日本は世界の注目を集めるようになった。

2つ目が自国の文化を維持しながら、他国の文化を積極的に取り入れたため。良い例が自動二輪車だ。この分野では欧米が先行していたが、日本ではホンダの「スーパーカブ」が普及した。そばの配達などに使うため、小回りがきく二輪車が必要だったからだ。

3つ目は目的に向かって国全体が連携したため。64年の東京五輪を機に日本人の暮らしが様変わりした。当時は川から異臭がし、ゴミの分別もなかった。五輪を開くために国民や政府がお金を投じた。

他国から遅れているということを真摯に受け止めるか否かが重要だ。東日本大震災の時、米国の原子力規制委員会が手を差し伸べたが、当時の政府は断った。あの時支援を受け入れていたら、復興にはもっと勢いがついていただろう。

デジタルトランスフォーメーション(DX)は特に行政で遅れがはっきりしている。イノベーションにおいて重要な人工知能(AI)や、(あらゆるモノがネットにつながる)「IoT」はコピーできる。真摯に遅れを認めれば、他国から学ぶことができる。

学ぶときは全てを「丸のみ」すればよいわけではない。働き方改革で欧米から学ぶ場合も、日本の雇用制度の良いところは維持することが大事だ。日本では新入社員として入社して定年退職するのが当たり前だが、米シリコンバレーでは転職するのが当たり前。こうしたやり方を日本に合う形で取り入れるべきだ。

働き方改革は当然だが、私がお願いしたいのは「働き人改革」だ。日本では若者と女性の活用ができていない。若者や女性に対する不公平な人事制度は廃止すべきだ。実現が怪しい3カ年・5カ年計画策定や、分析ばかりで行動しない「過剰分析」もやめるべきだ。

2020年はコロナと東京五輪が重なった。この刺激が20年後には大きな影響を及ぼすのではないか。前回の東京五輪で日本人の暮らしが変わったように、日本が働き方、あるいは色々な文化で世界のロールモデルになると期待している。

戦略論のもう一つの考え方、インサイド・アウトとは、本人の思いや価値観を未来に展開していけばよいという発想だ。「何のために存在するのか」「どのような未来を創造したいのか」「何をよりどころにするのか」。これを企業戦略の根底に置くべきだと考える。賢い企業とは賢いリーダーのいる企業だ。こうした企業が「賢い資本主義」を形作ると期待している。

パネルディスカッション

「スマートワーク―X 日本の挑戦」の第2部では、働き方改革を積極的に進める企業の幹部が登壇した。それぞれの問題意識や重点課題について経営の視点から意見交換。また今回の新型コロナウイルス感染拡大や国の緊急事態宣言を受けてどう対応したかなど、幅広く議論してもらった。

登壇したのは旭化成の小堀秀毅社長、積水ハウスの仲井嘉浩社長、東京海上日動火災保険の広瀬伸一社長、米ハーバード大経営大学院教授の竹内弘高氏。司会は日本経済新聞社編集委員の石塚由紀夫が務めた。

横のつながりで技術革新
旭化成 小堀社長

旭化成 小堀社長

「世のため人のため」発信
東京海上日動火災保険 広瀬社長

東京海上日動火災保険 広瀬社長

在宅勤務 新たなノウハウ
積水ハウス 仲井社長

積水ハウス 仲井社長

会社と従業員 思い一つに 働きがい高め発展を促す
人材戦略

司会新型コロナウイルスの感染拡大で働き方は大きく変わりました。働き方の再考が迫られるなか、技術革新をどのように行っていくのでしょう。

小堀氏旭化成はこれまで時代のニーズに合わせて化学品から医療まで事業を拡大してきました。各事業には核となる専門技術があり、それらを担う人材の多様性を生かすことが技術革新につながります。重要なのは横のつながり「コネクト」です。コロナ禍でデジタルトランスフォーメーション(DX)の動きが進むなか、多様な人材を生かす基盤をどう作るのか考えなければなりません。
さらに技術革新の主役は現場です。創業者の野口遵は本社のデスクに安住することなく、九州や海外の工場に出向いて技術者と議論してきました。
2019年に発表した中期経営計画では財務的な目標だけでなく、ESGの視点も取り入れました。事業戦略と人材戦略を一体で進めていくことで、社員の働きがいと会社の成長につながっていくでしょう。

仲井氏コロナの影響で家にいる時間が増えたことで、住まいの重要さが再認識されています。積水ハウスは中期経営計画で「『わが家』を世界一幸せな場所にする」という目標を掲げています。「幸せ」という言葉は3つに因数分解できます。1つ目は人生100年時代を過ごすための「健康」、次に家族や友人と過ごすなどの「つながり」、最後に新たなスキルなどを学ぶ「学び」です。
家にプラットフォームという役割が求められるなか、技術革新を生むにはコミュニケーションが必須だと考えています。コミュニケーションが起これば偶発的に技術革新も起こるかもしれません。逆も起こりえます。「イノベーション&コミュニケーション」を社内の合言葉に社内の働き方の推進を呼びかけています。

広瀬氏東京海上日動火災保険の働き方改革は単なる労働時間の短縮、生産性の向上だけでなく、社員のやりがいをいかに高めるかに重点を置いています。社員のやりがいと東京海上日動火災保険の目的は共通で、いざというときにお役に立つことです。コロナ禍においても柔軟な働き方やサテライトオフィスの設置を進めていたことで在宅勤務に移行できました。
コロナ禍でも自然災害は発生します。デジタル技術を活用する必要があります。例えば、人工衛星の画像から自然災害の被害状況が分かれば、保険金を迅速に支払うことができます。
社員は業務効率化で捻出された時間を、人ならではの良さが発揮できる仕事に振り向けられます。人と人との接触を減らしながらデジタル技術で保険金を迅速に支払い、顧客の満足度向上や社員の働きがい向上などを同時に行いたいです。
夏からは「私たちのミライプロジェクト」という、働きがい改革とDXを組み合わせた新しい取り組みを始めました。人の力とデジタルのベストミックスを模索して、会社の成長につなげていきます。

企業風土

司会働きがいを高めるため、職場の風土を作る工夫をされていますか。

小堀氏当社の吉野彰氏が昨年ノーベル化学賞を受賞しました。紫綬褒章を受章した技術者も8人います。創業者の理念が受け継がれていますが、イノベーションは上からではなく現場の主体性や創意から生まれるのです。事業領域を変革してきたなか、デジタル変革を通じた横のつながり、新しいことに挑戦することも重要な要因になっていると思います。

竹内氏旭化成のフェローという制度は報酬がインセンティブとしてあるとも聞いています。

小堀氏17年に過去からあった高度専門職制度を見直しました。高い専門性を持った人材がイノベーションをけん引すると考え、成果に対して報いることでそうした人材を増やす必要があります。エグゼクティブフェローはほぼ役員待遇です。こうした制度をより充実させようとしています。

広瀬氏当社は「グッドカンパニー」をブランドメッセージに掲げています。世間から、あるいは従業員自身もそう思える会社を目指していくということです。単に利益を出すだけでなく、「世のため人のためになる」「大変な状況におかれたお客さんを守る」ということを海外でも通用するメッセージとして広げていこうとしています。

竹内氏今若者は世界共通で世の中にどう貢献できるかに注目しており、就職の基準としても重視されています。すごく先見性がありますね。

司会旭化成ではノーベル賞を受賞した研究では10年くらい失敗の連続だったということです。そうした失敗を許そうという度量が必要なのでしょうか。

小堀氏時をどう味方にしていくかということも大事ですね。素材の開発でもマーケットニーズに合わないと思っても、時代が変わり必要とされるときが来ます。その時間軸を見るには我々自身の強さが何なのかを突き詰めていくことが重要です。その軸をしっかり持っていれば、少々の失敗を許容しつつ「次のタイミングには間違いなく来るぞ」という中長期の視点を持つことができます。
コロナ禍でも企業は将来あるべき姿に向かって何をやっていくのかという中長期の時間軸をより強くしなければならないでしょう。

コロナ後の新常態

司会アフターコロナ時代のニューノーマル(新常態)では、働き方や企業の人事戦略には何が求められますか。また、働く側としてはどのような心得をすべきでしょうか。

小堀氏旭化成ではテレワークに必要な通信環境を整備し、4~5月の緊急事態宣言時には本社地区で1割弱の出社に抑えました。強制的に進めざるを得なかった経緯がありましたが、テレワークでも十分対応できる部分も見えてきました。一方、従業員が顔を合わせてリアルな場で新たなものを生み出していく機会が減っています。試行錯誤しながら、テレワークとリアルな仕事を折衷した働き方をつくっていくタイミングに来ているのでしょう。
テレワークでは不安感や孤独感を感じる従業員もいます。だからこそ、経営者と従業員が理念やバリューを共有し、会社の目指す姿を一致させていかなければいけません。そのためにマネジメント層はもっと人に関心を向け、一人ひとりの特長を生かして仕事への動機づけを向上させることが重要な施策になっていきます。

仲井氏積水ハウスは4~5月に在宅勤務の実施率を7割から8割指示しました。この頃には社員から大型テレビでウェブを通じて図面の打ち合わせをするアイデアも生まれました。スピード感をもって新しいノウハウを考案できたのは非常に良かったです。
ただお客様との打ち合わせや社内の会議で、やはりフェース・トゥ・フェースである程度の人間関係ができていないとウェブでのやりとりは成立しないんだろうと思います。そういう意味で、当社は全てのコミュニケーションがウェブで済むことはないと考えます。

広瀬氏東京海上日動火災保険は緊急事態宣言時には、3割出社をベースにしました。オンライン商談やアプリによる事故被害の確認などの技術も活用して、新しい働き方を実行しています。ペーパーレスやインフラについては本社が一律に指示するのではなく、それぞれの現場で工夫して共有していくことが大事です。
もともと紙が多かった業界ですが、タブレットでお客様に契約のご説明をして申し込みを頂いたり、ネットで事故報告をしていただいて保険金の支払いに対応したり、かなりペーパーレスは進んでいます。ただ、どうしても紙が必要な場面はあるので、国と調整して郵送でも対応できるようにするなどして非対面、非接触のコミュニケーションを進められると思います。

竹内氏コロナ禍で制度や規制を変えるためにはスピード感が重要になっています。企業として国にこのことをどう伝えていけばいいでしょうか。

小堀氏世界の大きなトレンドの中で、国がどのような価値を提供できるかという課題は企業活動と連動しています。そのため、産業界は中長期的な視点を持ちやすい特徴があります。エネルギー政策や雇用など、どう国が政策を変えれば産業界が活性化するかを政府に伝えていくことが重要です。
その上で政府にはスピード感を持って政策を実行していただきたいです。そのためには、例えば高度プロフェッショナル制度について、制度を取り入れること自体を目的とするのではなく、その効果を意識した制度改革を主張することも一つのポイントだと考えています。

仲井氏ニューノーマル時代のイノベーションが課題になっていますが、イノベーションとビジョンは結びついています。いいビジョンがあればイノベーティブな人が集まってきます。政府・企業どちらも、リーダーには中長期的に提供できる価値についてのビジョンを実現する強い意思を示すことが求められます。

広瀬氏縦割りで課題に対応できていなかったり実行スピードが遅くなったりするのは、国も企業も共通しています。その意味で、我々産業界から国に提言しながら課題やビジョンを共有していくことが重要です。変革していくためには外部人材も必要になるので、国でもデジタルを含めた専門的な人材を取り入れていかなければいけなくなるのではないでしょうか。

アイデア・目的 共有迅速に
組織変革

司会男性でも1カ月の育休を義務化しています。どのような効果があがっていますか。

仲井氏2年前に海外投資家向け広報(IR)で訪れたスウェーデンで、公園でベビーカーを押していたのが全て男性だったことにショックを受けました。同国では男性の3カ月の育休が義務化されているというのです。当社でもそういうことができないかと思い、1カ月ならできますということでスタートしました。100%が実施しています。
2年しかたっていませんが、子育てや家事の大変さが分かっただけでなく社内のコミュニケーションが増えたという効果がありました。長期の休みになるため、引き継ぎをする必要があり自分の仕事を「棚卸し」することができたということもあります。

司会人口減少で厳しいなか、どのような人材が必要なのでしょうか。

仲井氏お客さまのことを真剣に考えて汗をかいているメンバーのアイデアは素晴らしいものです。こうしたアイデアを吸い上げられない上長がいれば非常に不幸なことです。そのようなアイデアをくみ取れる企業風土に変えないと改革は進みません。そうした上長を育成したいと思っています。
また、住宅を健康や教育など当社の専門領域とは違う分野を合わせたプラットフォームにしようとしています。そうした異業種の方とコミュニケーションができるような人材も今当社には非常に必要になると感じています。

広瀬氏当社は「縦と横が短い会社」をめざしています。縦は上司と部下や役員と担当者といったもので、横は保険金の支払いや営業などの各部門です。この距離を短くしようと考えています。それにより組織間の縦割りがなくなり、意思決定のスピードも速くなります。目的が共有されることで社員が生き生きと働くことができるということで会社の成長にもつながるということを描いています。

司会社長には怖くて発言できないということはないですか。

広瀬氏新型コロナ以前には「マジきら会(まじめな話をきらくにする会)」という懇親会で生の声を聞いたりしていました。今ではウェブ会議で全国の違う視点のメンバーと対話することも行っています。こうした縦・横・斜めが話をする場を繰り返すなかで本音の話が出やすくなり、共有しやすくなります。そうした工夫をしながら取り組みを進めていっています。

パネルディスカッション

コロナ下の変化も踏まえ、働き方改革の方向性を議論した

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