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シンポジウム Smart Work経営 日本の挑戦「個と経営の新たな潮流」

日本経済新聞社は働き方改革をテーマにしたシンポジウム「スマートワーク経営 日本の挑戦~個と経営の新たな潮流」を9月10日に開いた。残業時間の上限規制などを定めた働き方改革関連法が4月に施行され、企業は対応を急いでいる。変化の激しい時代の中で、どうイノベーションを生んでいくか。組織や個人を生かす経営のあり方などについてもトップらが意見を交わした。

基調講演

制約に縛られず挑戦を
川口 淳一郎 氏宇宙航空研究開発機構(JAXA)
シニアフェロー
川口 淳一郎 氏

小惑星探査機「はやぶさ」は「イトカワ」という小惑星までイオンエンジンを使って飛行し、その表面から物質のサンプルを持ち帰ることに成功した。小惑星のサンプルリターンは世界初の試みだった。この成功までの道のりは決して平たんではなかった。

米国が1969年7月に「アポロ11号」を月面に着陸させたころ、宇宙開発は月や金星などを目指す米ソが争っていた。日本も人工衛星を打ち上げたが、米国に比べればとても小さなものだった。日本はこのまま米ソの後を追うべきか、それとも違う道を歩むべきか岐路に立たされていた。

米ソのあとを単純に追いかけるという選択肢もあっただろう。しかし、我々の結論は違った。小さい天体を訪ね、そこから試料を持って帰ってこようと考えた。当時、誰も小惑星なんか見向きもしていなかったが、小さな天体だからこそ、太陽系や宇宙の始まりの痕跡を残している。新たな発見が生まれると確信して、独自の道を選んだ。

「はやぶさ」は新規技術の塊だ。それだけに日本国内だけで完結させるのは困難だった。たとえば、地球に戻ってくるカプセル。これを回収するには、最低でも100㌔㍍四方ある広大な敷地が必要だが、日本にそんな場所はない。そこで我々はオーストラリアに場所を確保した。

カプセルは大陸間弾道ミサイル(ICBM)の弾頭と同じぐらいの高い熱量にさらされる。こうした耐熱研究をするにも日本には適切な施設がなかった。だから米航空宇宙局(NASA)に直談判して、研究資源を使わせてもらう約束を取り付けた。もちろんNASAには見返りがあり、我々の研究結果の一部を供給するという契約だった。

日本人は組織や国の方針をそのまま受け入れてしまう傾向がある。従来の概念にとらわれずに、この状況では何ができ、何が足りないのか。時にはしたたかに相手にバーター条件を示して前進を図るような戦術も、プロジェクトを立ち上げる重要な作業だと思う。

また日本人はリーダーシップを取るのが苦手だ。各国の高校生が集まるキャンプでは、最初にテントの柱を立てようとするのはたいてい日本人など東アジアの学生となる。そのあいだ、欧米の学生は手を動かさず、座ったまま建てた後の運営方法を議論している。

そしてテントが立ち上がると、欧米の学生がようやく正面に立って、とうとうと運営のポリシーを語り始める。最終的には自分たちが仕切る、というわけだ。日本の学生はいわば下請けに追われることになる。

日本の学生はとりあえずテントを建てる活動をしていれば、「誰からも後ろ指を指されることはない」「ちゃんとやっている」と思いがちだ。だが建ててしまうと、その後はどうしていいかわからなくなる。日本が世界でポリシー先行のリーダーシップをとれないのはこの考え方のせいだ。

知らないことでも、自分がやれることを見つけ、取り組まなくてはいけない。挑戦しない限り、成果は得られない。やったことがなくても、やれるという自信を持つことが大事だ。

ビジネスは時に思い切ったハイリスク・ハイリターンな行動が必要になるだろう。たとえば少数精鋭の部署に裁量を持たせ、先駆的な活動に乗り出すべきではないか。まずは「何でもやっていい」と考え、制約に縛られない行動に出なくてはいけない。自己規制をしてはイノベーションは生まれない。重要なことを行動に移し、新しい未来、日本をつくっていきたい。

パネルディスカッション

「スマートワーク経営 日本の挑戦」の第2部では、働き方改革を積極的に進める企業の幹部が登壇した。働く時間を減らすという取り組みを超え、一人ひとりの生産性を上げられるかどうかが問われている。経営の視点から、改革の必要性や人材育成への取り組みを議論してもらった。

登壇したのはアフラック生命保険社長の古出眞敏氏、東京海上ホールディングス社長の小宮暁氏、ノバルティスファーマ社長の綱場一成氏、みずほフィナンシャルグループ執行役常務の江原弘晃氏の4人。司会は日本経済新聞社上級論説委員の水野裕司が務めた。

原則をベースに考え、実践
古出 眞敏 氏

アフラック生命保険株式会社
代表取締役社長
古出 眞敏 氏

M&A、グループ力向上の糧
小宮 暁 氏

東京海上ホールディングス株式会社
取締役社長 グループCEO
小宮 暁 氏

育児休暇、男女14週間
綱場 一成 氏

ノバルティス ファーマ株式会社
代表取締役社長
綱場 一成 氏

「らしくない」重視
江原 弘晃 氏

株式会社みずほフィナンシャルグループ
執行役常務 人事グループ長
江原 弘晃 氏

多様な職場 意欲高める 価値を共有 変化に強く
組織改革

司会社員一人ひとりが持っている力を引き出して企業の成長を実現するために、経営者のビジョンや力量がこれまで以上に問われています。まずは取り組みをお聞きします。

古出氏2024年の創業50周年に向けて、ダイバーシティーと働き方改革を両輪としたイノベーションを進めています。女性の活躍を実現するために、長時間労働を見直し、時間外の労働時間を毎年10~15%ずつ減らしています。
仕事の企画と検証を短い期間で繰り返す「アジャイル」型の手法をある部署に取り入れました。スピードを上げるために大胆に権限を委譲したり、役職にとらわれない人事を実践しています。ここでの機動的な業務運営を人材育成にも生かしていきます。社員には会社という場を利用していかに自分が成長できるか、自分の将来をつくっていけるかを考えてもらうことが大切だと考えます。

小宮氏ビジネスのリスクを世界で分散するため、海外収益の割合を今年度はグループ全体の47~48%になるよう計画しています。そのために人材のグローバルな活用が必要です。M&A(合併・買収)で取り込んだプロフェッショナルな人材をグループでみて最適となるポジションに配置しています。
海外の優秀な人材と日本の人材による共同責任者制度「Co―Head体制」を18年度から設けています。15年に買収した米保険会社HCCの最高経営責任者(CEO)だったクリストファー・ウィリアムズ氏に海外総括の共同責任者になってもらったほか、資産運用部門で同様の取り組みを実施しました。
グループのビジネスを理解できるグローバル人材を育てるため、幹部候補のための世界共通の研修を用意しています。いま重要なデジタル戦略についてはデータサイエンティストの育成プログラムも始めました。19年4月に、国籍や年齢に関わらず役割と実力で処遇、昇格を決める人事制度を導入しました。

綱場氏社員一人ひとりが階層に関係なく主体性をもって企業を変えるため、上司と部下の垣根を取り払う「アンボス」を推進しています。私も含む役員の部屋や席を取り払い、フリーアドレスを導入しました。
テレワークを週2日設け、コアタイムをなくしました。革新的な医薬品は革新的な文化のもとでしか成り立ちません。全社の意識改革に努めています。

江原氏ビジネスモデルを転換し、伝統的な金融ソリューションに加えて非金融のソリューションも提供していくためには、高い専門性をもって異業種との協業を図る必要があります。たとえ自社を離れた後でも生涯にわたって活躍できるような従業員を育てられるよう、新しい人事戦略を作りました。
終身雇用が前提の「就社」意識と社内競争、そして定年後の年金生活といった古い意識を改め、やりたい仕事や成長を重視した人材育成を目指します。学びと挑戦、仕事を通じた成長で一人ひとりがキャリアデザインを描くことを後押しします。

理念の浸透

司会企業理念やビジョンを社内に浸透させるうえで、どんなことが課題になるのでしょうか。

古出氏社内でコアバリューがしっかり共有されていると思いますが、それをいかに実践していくかが課題だと感じます。
2018年の日本法人化を機に、行動倫理憲章を書き換えました。コアバリューを実践するためのガイドブック的な位置づけになりました。変化の激しい時代、書いてあることしか起きないわけではありません。ルールベースではなく、プリンシプル(原則)ベースで考えていくべきだという理解を進めています。
具体的な浸透策としては経営者が自分の思いを自らの言葉で語ること。それから、実践している例を社内で共有すること。3つ目はコアバリューの実践を「自分事化」することです。

司会成功体験が改革の邪魔になるといった面はありませんか。

小宮氏ご指摘の通り、状況が大きく変わるなかでは通用しない部分が出てくるかもしれません。意思決定のスピードを速めていかなければいけません。
即効薬はないのですが、グローバル化を進め、海外人材を業務に組み入れることが早道かもしれません。彼らはトップダウンでチャンスを逃さない仕事をします。あと、本店にいわゆるコワーキングエリアを作って、コミュニケーションの活性化を図っています。

司会イノベーションを進める過程で、全体を巻き込む工夫などをうかがえますか。

綱場氏本当の抵抗勢力になるのは粘土層といわれる中間管理職でなく、上層部。一番上の「アスファルト舗装」から水が入っていくように、シンボリックなことをすることです。
あとは社員とできるだけ話す機会を設けています。4000人(17年当時)の社員に対し、私一人で1000人以上と直接対話するという目標を作っていました。やはり社員の声を集めるのは重要です。固定席をなくして一般のところに座っているといろんな声が入ります。

司会銀行業も成功体験が大きく、構造的な転換には苦労も多いのではないでしょうか。

江原氏カルチャーそのものを変えていく必要があります。内向きから脱却するうえで軸となるのは、コミュニケーションの質と量を飛躍的に増大させることだと思っています。
人事戦略については、失敗を恐れない人材をつくるため社内外で挑戦する機会を増やそうと考えています。たとえば、みずほ発足後は(グループ内で)銀行・信託・証券に手を挙げて行けるようにしました。LINEとの銀行といったプロジェクトも募集しました。外部企業への出向も公募しています。徹底して社内外の経験を持ち込むことを進めたいと思っています。

人材育成

司会デジタルとグローバルの時代になって、社員一人ひとりの能力アップがより大きな課題になっています。リーダーから一般社員まで、どんな人材の育成に取り組んでいるのでしょうか。

古出氏アフラックでは、最低限必要な管理職研修など以外の研修はすべて公募制にしました。やる気がある社員には会社がどんどん機会を与えていくけれど、そうでないと取り残されるよ、という意識改革です。すると合計で約4千人の研修の枠に対し、1・8倍にのぼる約7200人の応募がありました。会社を利用して自分を伸ばそうという意識が浸透してきたのだと思います。
当社は日本法人なので意外に海外勤務の機会が少なく、管理職には米国で研修してもらっています。ワシントンやニューヨーク、ボストンで政治、経済、テクノロジーを学びます。非常に充実しているので、小論文などを提出してもらって選抜します。黙って良い仕事をしていれば会社が選んでくれるわけではなく、「自分から積極的に参加していく」という意識を育てることが、リーダーの育成につながります。

小宮氏グローバルな人材を計画的に育てるには、専門性を切磋琢磨(せっさたくま)し合ったり、ネットワークを作ったりすることが大事です。そのためシニアやミドル、ジュニアなど各層でグローバルな研修を用意しています。
ミドル層では、海外のグループ会社から合計で30人近くが集まり、異文化のリーダーシップを学びます。東日本大震災の被災地にも行ってもらいます。被災した代理店の話を聞いて、当時の行動や思いを共有し、保険の本当の意義を見いだしてほしいからです。
デジタル分野の人材は中途でも採用していますが、保険を熟知したデータサイエンティストはあまり多くありません。そこで今年から、自社での育成も始めました。人工知能(AI)で有名な東京大学の松尾豊教授に監修してもらい、約250時間の独自プログラムを作って育てます。イノベーションは現場から生まれるので、現場が自分たちに必要な技術を考えることが大事です。

綱場氏主体的に自己研さんができるかどうかが重要ですね。たとえばデジタルや医薬品など知識集約型の業界では、今年学んだ知識は5年後に85%が風化し、使い物にならないといわれます。そのため学んだことを忘れられる「アンラーニング」も必要です。
私は11月に研修でタンザニアに行きます。普段仕事している環境から離れて、1週間ほど自分を見直して自己研さんします。個人として何を目的にして生きるのかを考えることで、戻ったらまた主体的に仕事に取り組めます。そういうことを続けています。

江原氏銀行にはこれまで、決められたことを正確に実行していくための均一的な組織や仕事の進め方が大事だ、という価値観がありました。これではイノベーションは生まれてきません。
18年に、新卒採用において「みずほらしくない人を求める」という学生へのメッセージを打ち出しました。多様な社員の集合体になれるように、いわゆる創造的な思考力のある人材を確保したいからです。
個々人のキャリア設計に合わせて、育成のパーソナライズ化も進めています。AIを使った学習提案機能を準備中で、社員自らがコンテンツを作り、学びの場を推奨し合うことを求めています。副業を解禁した理由も、銀行にいるだけでは味わえないことを外で体験し、みずほに持ち帰ってもらおうという狙いがあってのことなのです。

女性の活躍 子育て支援

司会ダイバーシティー(多様性)についてうかがいます。多様性を進めないと組織が成長しない、投資も呼び込めないといった課題があります。

古出氏2014年に女性の活躍を後押しするプログラムを作りました。管理職の意識改革、研修、昇進の仕組みづくりなどに取り組んできました。指導的立場の女性社員の割合を30%にする目標は1年前倒しで今年達成しました。もうひとつ、闘病中、主にがんに罹患(りかん)した社員が仕事を続けられる環境が必要と考え、特別な休暇制度を導入しました。

小宮氏営業職は男性、事務職は女性という時代ではなく、公平で適材適所の人材配置が重要です。女性の活躍推進はスピード感を持つ一方、丁寧に進めることが大切。女性社員のために社内学校であるキャリアカレッジを開校します。
女性社員に対する勝手な思い込みをなくすなどのテーマでフォーラムを開いています。たとえば管理職が「子育て中の女性は海外出張を嫌がる」と思い込み、出張の機会を提供しないといった問題を取り上げます。

綱場氏スイスの会社ということもあり、かなり多様なカルチャーを受け入れる企業文化があります。女性だけでなく男性が育児をしやすい環境も整えています。キッズルームを社内に用意し、20年1月から14週間の育児休暇を有給で男女問わず取得できる体制にしようと思っています。

江原氏女性の活躍推進は管理職比率などのKPI(成果指標)だけではだめですね。多様な働き方を支援する制度を整備する必要があります。職場である社員が育児休暇を取ると、ほかの社員が仕事を代わることがあります。こうした支える側の社員に対して賞与を上乗せしています。

雇用システム

司会年功制、終身雇用など日本型の雇用システムをどう考えますか。

小宮氏国力を高める源泉だったと思いますが、時代に合わなくなりつつあります。年齢や国籍を問わずゼロベースに立った方が適切な人事への近道です。また、挑戦しろというからには一定の失敗を評価する文化も必要と考えます。

綱場氏経験値がそのまま使えない時代になり、年功制も通用しない。グループ最高経営責任者は41歳で就任した。一方で、データサイエンスなどでピカイチなら経営トップより高い報酬をもらっていいかもしれません。

江原氏たとえば年功という観点でみれば、それに過度に引きずられずに職務や成果に応じた処遇に切り替えないと魅力がなくなっていく。日本型雇用システムの良さも維持しつつ、限界を認識し、変えていきたいと考えています。

古出氏管理職になる前の社員が自主的につくった社内サークルがあり、講師を呼んで勉強会などを開いています。私も月1回、一緒に読書会をやることにしました。若い人たちの熱気とやる気を大事にしたいと思っています。

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