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シンポジウム「変革の時代に多様な個人が活躍する経営とは」
日本経済新聞社と経済産業省は3月下旬、都内で「日経スマートワークシンポジウム」を開いた。テーマは「変革の時代に多様な個人が活躍する経営とは」。4月から残業規制などを柱とする働き方改革関連法の施行もあり、働き手の環境も大きく変わる。中途入社や女性、シニアなど多様な人材が活躍する経営について、企業トップや人事部門の責任者、有識者などが議論した。(肩書はシンポジウム開催時)
人材戦略は競争力の源
経営トップからのメッセージ
柿木 厚司 氏
鉄鋼業界は団塊の世代が抜けて社員の若返りが進んだ。その結果、技能継承が課題となり、人手不足の問題もある。一方、世界の粗鋼生産の約半数を占める中国が比較的安価な労働力を武器に生産量を急拡大してきた。日本メーカーは生産性を上げ、技術力を武器に高付加価値製品を販売することが求められている。
そうした状況下、いくつかの人材戦略を立てている。1つはさまざまな属性の社員を登用してイノベーションを創出すること。2つ目は入社から退職まで、さらに退職後も含めて最大限能力を発揮できる働き方を提供することだ。
採用も多様化している。女性、外国人を積極採用し、中途採用も活発に行っている。社員に対しては働き方改革を推進し、人材育成をしている。
シニアには今までのキャリアを生かして後継者育成のための講師になったり、製鉄所内にある協力会社で働いてもらったりしている。人生100年時代、キャリアを持った人にできるだけ長く働いてもらうことに主眼をおいている。
鉄鋼業は男性職場と見なされているが、女性の採用も増やしている。そのために、自前の保育所を整備したり、シャワー、トイレなどを増設したり、女性、妊婦向けの作業着を考案したりと働きやすい環境を整えている。また、女性社員の受け入れ方法について各職場で研修を実施している。
鉄鋼は装置産業のため、一斉に同じ時間に帰宅させるのは難しい。働き方改革では社員ごとに帰宅時間を決めて守らせる制度を導入している。IT(情報技術)を活用した生産性の向上にも取り組んでいる。ITは技能教育でも活用している。
国分 文也 氏
「非連続性」の社会の中、10年後、20年後と我々は本当に生き残れるのかという非常に強い危機感を持っている。商社というのは縦割りで、均質性が強い集団であることがこれまでは強みだったが、反対に弱みになる可能性もある。
生き残るためのキーワードは多様性だ。人材の多様性を持続的に確保して、新たな知をどんどん入れていく「エコシステム」を作り上げる。異なる価値観、思考、経験などをかけ合わせた「知のバトル」や化学反応を起こし、新たな価値を創造していかなければならないためだ。
人材面では、新卒だけでなく、専門性の高い中途も積極的に通年で採用しているほか、退職した人材の再入社にも柔軟に対応していく。一方、我々から地方銀行などへの人材輩出も進めている。4万人のグループ社員から40歳前後を中心に25人を選抜し、年間で4回のセッションを開く「丸紅アカデミア」、1業種1社との間で、1~2人の社員を出し合う人材交流のプログラムなども始めた。
こうした人材からのアイデアを喚起し、具現化する仕掛けも用意する。一つが「ビジネスモデルキャンバス」。会社の持っている化学品や食品、プラントなど300以上あるすべてのビジネスモデルを整理し、可視化するプラットフォームだ。新規顧客の開拓や、ビジネス同士の掛け合わせなどにもつなげる。事業企画を競うビジネスプランコンテストも昨年から始めた。
グループを一つのプラットフォームとして捉え、社内外の知を交わらせ新たな価値を創造していきたい。
三菱ケミカルホールディングス 会長
小林 喜光 氏
2007年に三菱ケミカルホールディングスの社長に就任して以来、私には基本的な経営理念がある。人間と同様に、企業も「心技体」がしっかりしていなくてはならないというものだ。
「体」は利益を上げ、資本効率を上げること。「技」はマネジメント・オブ・イノベーション、「心」はESG(環境・社会・企業統治)と呼ばれるが、サステナビリティーだ。
この3つの軸で織りなされるものが本当の企業価値といえる。
これは当社では「KAITEKI価値」と呼んでおり、世の中にKAITEKIを提供するために我々は存在しているという考え方が根底にある。新規事業の是非を判断する際にも、大きな基準となっている。
具体的な経営面においては、M&A(合併・買収)によって外部から新たな価値を取り入れ、組織の新陳代謝を促していく。
さらに、いかに外部から多様な人材に入ってもらうのかという観点も必要だ。当社でも制度設計や様々な取り組みを進めている。
一方、経済同友会としても、多様な「個」の活躍の推進を非常に重視している。インクルーシブ(包摂的)な社会の構築や人材の育成も今日の課題だ。我々はこうしたことにしっかりと向き合うつもりで、経営者宣言という形で発表している。
採用活動でも、今年4月には一般社団法人経済同友会インターンシップ推進協会を設立し、学生の支援にも力を入れている。通年採用という時間軸を考えた提言も2016年に行っている。
こうした考え方を含め、公正な分配、適正な競争がある社会を構築していくことは経済同友会の最大のテーマ。今後とも良い方向を探っていきたいと考えている。
人事責任者によるパネルディスカッション
第3部では「変革の時代の人材マネジメントとは」をテーマにパネル討論を開いた。企業の人事担当者らが今抱える問題意識や新たな採用手法などについて議論を交わした。登壇したのは、守島基博・学習院大教授、長崎健一・ソフトバンク人事本部本部長、杉田勝好・日本マイクロソフト執行役員人事本部長、浜瀬牧子・LIXILグループ理事の4人で、司会は水野裕司・日本経済新聞社編集委員。
討論する(左から)守島、長崎、杉田、浜瀬の各氏
守島氏グローバル化やデジタル化に対応していくためには多様な外部人材を確保しなければなりません。そのためには人事管理を人事部がやるものだ、という認識は改めるべきです。海外企業では最高総務責任者や社長といった経営者が人事に関心を持っていることが多いです。うまい人事管理ができない企業はつぶれるかもしれません。
司会人事責任者の方々に伺います。今、どんな問題意識をもって業務に取り組んでいますか。
長崎氏弊社は色々な企業と統合することで成長してきました。その上で大切にしているのは、人と事業をつなぐことが人事の存在価値だということです。企業の成長をサポートするためにはまず、勝ち続ける組織をつくること、そして自らチャレンジする人に機会を与えることです。もちろん手を挙げれば異動できるようにしています。そして成果にきちんと報いることも大切です。
杉田氏大切にしていることはいくつかありますが、個人の業績評価の工夫もその一つです。自ら出した成果はもちろん、他の部門に対してどんなポジティブな影響を与えたかを重視しています。既に会社の中にある、ほかの事例を使って自ら工夫し、どう新しい成果を生み出したかということも評価しています。
浜瀬氏昨今の先の見えない環境の中では、チームを率いて方向性を示せるリーダーの発掘と育成が重要です。誰もが変革を起こせるような組織が一番強いという考え方です。自らがオーナーシップを持って仕事に従事し、みんなが達成感を醸成できるようにしようと努力しています。
司会中途採用をする上でどのような工夫をしていますか。
長崎氏こなすべき業務でのミッションを明確にお伝えしています。一方でそれとは矛盾していますが、3カ月後や半年後はがらっと違う部署に異動してもらうということにも取り組んでいます。変化をきちんと理解して環境に合わせられるようなパーソナリティーも大事です。
杉田氏一度やめた方にも継続的に社内のリクルーターが声をかけるなどしています。一方で新卒も一定数採用しています。新鮮な目でビジネスを見られるので期待しています。
浜瀬氏中途採用では戦略上どんな人が欲しいというものを明らかにするとともに、自分たちが一番大事にしているものは何かというアイデンティティーをアピールすることが大切です。
守島氏私は「中途採用」という言葉自体やめたほうがいいと思っています。「あの人、中途だったっけ」と思えるくらい中途入社の人が現場に溶け込んでいる環境を整えるのが重要です。
人材マネジメントという言葉で想定される範囲がどんどん拡大しています。この際「人事部」は一旦解散しませんか。人事部の概念を根本から見直し、今日皆さんがおっしゃってきたことをベースにして再定義する必要があると考えています。
大学から産業界への期待
山口 宏樹 氏
今の大学教育における本当の意味での人材育成と産業界とのマッチングが正しくできているかというと難しい。産学が連携し協力してこそ日本、世界が必要とする人材が育成できる。今後新卒一括採用や通年雇用だけでなく多様な採用や雇用形態が出てくるなか、いかにいい人材を大学として育成し、その基となる大学教育を多様化し柔軟にするかが重要となる。
大学教育と社会との関係も変化しなければならない。労働集約型経済から知識集約型経済へ転換するなかで、大学教育の在り方について人材を育成する側と活用する側で議論と理解を深める必要がある。
中途採用の際に期待されるリカレント教育(学び直し)も同様だ。
インターンシップ(就業体験)は学生が自らを社会の一員として自覚する機会としてどう定着させるかがポイントだ。
日本の博士・修士取得者の割合は世界的に極めて低い。日本の大学院教育の問題とともに社会における博士・修士の学位の重み、価値がなかなか認知されないという両方の問題がある。この点も体質改善する必要がある。
クロージング・スピーチ
世耕 弘成 氏
日本企業では戦後、新卒一括採用、終身雇用が労働慣行として定着してきた。しかし、現代のような変革の時代には、先日現役引退を表明したイチロー選手のような突出した信念、行動力をもった人材が活躍できる環境こそ求められているのではないか。
経済産業相に着任後、まず霞が関の長時間残業の抜本改革を進めた。現在は国会答弁の準備がどんなに多くても夜11時には仕上がる状況ができた。やはりトップが信念を持って率先して取り組むことが重要だ。
人材戦略の変革には、3つポイントがある。多様な人材が活躍できる組織づくり、再チャレンジ可能な採用システムの構築、資本市場や従業員など利害関係者との対話だ。日本企業が競争力を維持強化していくためには、人材戦略を土台から見直す必要がある。各企業には具体的なアクションを進めていただきたい。
▼スマートワーク多様で柔軟な働き方の実現と、イノベーションを通じた企業の生産性向上を両立させる取り組みのこと。人口減を背景に働き手が減少に向かう中、業務の無駄をなくして残業を減らすなど働きやすい環境を整えながらよりよい成果を出すことが企業側に求められるようになっている。
人材活用では、女性やシニアのほか、外国人など多様な人材が能力を最大限に発揮できるような経営が必要になってきた。介護や育児との両立へ在宅勤務を制度化する動きも広がってきた。