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生産性を向上する社内コミュニケーション
新たな交流の場 創造を
社員の生産性を高め、企業競争力を強化していくために、社内のコミュニケーションはどうあるべきか。昨年12月に都内で開催された「Smart Work経営 生産性を向上する社内コミュニケーション」(主催=日本経済新聞社)では、有識者やユニークな取り組みを実践している企業の代表者が登壇。成果を上げている事例について幅広く紹介した。
基調講演
岸 博幸氏
企業が生産性を高めるには、業務の効率化に加え、イノベーションの創出が鍵となる。イノベーションとは、新たな組み合わせを生み出すことだ。そのためには本業に関する知識を深めるとともに、本業と関係ない分野の知識を得る知の探索が欠かせない。
そうした観点で考えると、社員の創造性を高め、イノベーションを誘発するには、副業の解禁が一つの手段となる。それに加えて、社内コミュニケーションの活性化が重要だ。部門の垣根を越えた人的交流を促すことで創造性が刺激される。そのため、シリコンバレーの企業などはカフェスペースを充実させているが、必ずしも日本企業に合う方法とはいえない。
日本の企業文化を考えると、喫煙室での交流にも一定のヒントがありそうだ。知らない人同士でも気軽なコミュニケーションが生まれやすい。
肝心なことは、自社の文化に合った社内交流のスペースや仕掛けを工夫することだ。
企業の取り組み
秋田 正紀氏
2010年9月、社員有志による「M4(未来の松屋をみんなで見つける)」活動がスタートした。育児休暇中の社員を集めて情報交換したり、有志による清掃作業を実施したりするなど、現場の課題解決や社内コミュニケーションの活性化に成果を上げている。
社員主体の取り組みに加え、当社は16年6月、約20年ぶりに社内運動会を開催した。練習なしで楽しむことができ、応援にも熱が入るような本格的な競技を工夫。社員だけでなく、取引先の方々にも参加いただけるようにしたのがポイントだ。特別ゲストを招くなど動員に努めた結果、約1500人が参加するにぎやかな運動会となった。
運動会を通じてコミュニケーションが深まり、社内に一体感が生まれた。若手の社員からも肯定的な意見が聞かれたのは大きな成果だ。社内が明るくなり、やる気が高まっただけでなく、取引先との絆も強まった。19年も大いに楽しめる運動会を開催し、気持ちを一つにしていきたい。
降幡 至功氏
圧倒的なスピードで非連続的な変化が起こる時代に新たな価値創造を続けていくには、自律的で柔軟なアウトプット志向の働き方を実現し、社員一人ひとりの能力を最大限引き出すことが不可欠だ。この「働き方進化」を促すツールとして18年11月、テレワーク制度とスーパーフレックス制度を導入した。
テレワーク制度は全社員を対象に、在宅勤務、サテライトオフィス勤務、モバイルワークの3形態を認めている。スーパーフレックス制度はコアタイムを廃止し、好きな時に働けるようにした。私自身、時間を有効に使えるようになったと実感している。
顔を合わせる機会が減る分、目標設定やフィードバックの場となる定期的な面談は重要性が増す。オープンなオフィス環境の整備や、オンラインコミュニケーションを支えるIT(情報技術)ツールの拡充にも取り組んだ。真剣勝負のコミュニケーションこそ、社員の自律を促し、両制度を有効に機能させる要といえる。
山本 恭子氏
当社は社内の様々なアセット(資産)を組み合わせることで、創造的な発想を促す社内コミュニケーションを誘発している。
第1に人と技術の組み合わせだ。暗号解読やIoTサービスに関する社内コンテストを開催。職種を超えた多様な人材の交流を促し、社員のモチベーション向上や人材育成につなげている。
第2に人とラグビー部の組み合わせだ。当社のラグビー部に所属する選手が企画した「おしかけラグビー」は、職場におしかけてくる選手からパスを受けた社員が健康に関する宣言をし、次の人にパスを回すイベントだ。仲間の意外な価値観を知る機会にもなり、コミュニケーションの活性化につながっている。
第3に人とオフィスの組み合わせだ。本社移転を機にコミュニケーションが生まれやすいオフィスレイアウトを工夫した。それに加えて、定期的に席替えする「シャッフルアドレス」と「座席表ツール」を導入。意図的に人を交ぜる仕組みで交流を促している。
パネルディスカッション
オカムラ マーケティング本部
フューチャーワークスタイル戦略部
鯨井 康志氏
KANSEI Projects Committee 副理事長
柳川 舞氏
関西学院大学 総合政策学部 教授
古川 靖洋氏
モデレーター:田中 陽(日本経済新聞社 編集委員)コミュニケーションの活性化を促すオフィス環境のポイントは。
鯨井事例を3つ紹介したい。1つ目はコミュニケーション空間の配置を工夫した事例だ。丸形のサブテーブルを執務エリアに設置するだけで会話の発生数が増えた。上司や先輩と気軽に相談できるため手戻りが減り、生産性向上にもつながった。
2つ目は、通常の会議室よりカジュアルな部屋の方がアイデアの発生数が増えた事例だ。目的に応じた雰囲気づくりの重要性が分かる。
3つ目は、インフォーマルなコミュニケーションが生まれやすいスペースを生かす工夫だ。あるオフィスのカフェコーナーでは、40秒滞在すると会話の発生頻度が急増した。そこで1杯いれるのに40秒程度かかるドリップマシンを設置して会話を生んでいる。
柳川「質の高い雑談」を誘発する場をいかにつくるかが課題だ。人間にも動物的な本能があり、空間に自然の要素を取り入れるとパフォーマンスが向上する。
例えば最近、企業では使われない休憩室が増えている。そこで、ソファを置いて雑談できるゾーンと、1人で集中して仕事ができるゾーンを休憩室につくり、全体的に自然の色や音、香りなどを取り入れた。すると利用人数が増え、滞在時間も延びた。上司や顧客と雑談したり、企画のアイデアを考えたりするなど、単なる休憩室ではなく多目的に使える空間として重宝されている。気軽に会話できる場所をつくるだけでコミュニケーションは誘発できる。
古川オフィスづくりに必ずうまくいくという方程式はない。それぞれの企業文化に合わせてカスタマイズする必要がある。
生産性向上のためには、アイデアがどれだけ生まれるか、円滑に情報交換できるか、社員のモチベーションを高められるかがポイントになる。これらは単にオフィスレイアウトを変更したり、フリーアドレスを導入したりするだけでは効果が小さい。
アイデア創出などに優れたオフィスを持つ企業では、社内のコミュニケーションを活性化する施策や、社員間の信頼感を醸成する取り組みを継続している場合が多い。つまりオフィスというハード面の整備だけでは不十分で、ソフト面に配慮した施策を同時に実施することががポイントといえる。
シンポジウムを終えて
多様化する価値観、社会環境の劇的な変化、企業に求められる数多くの社会的責任。そこにデジタル革命が加わり働き方も大きく変わろうとしている。だが程度の差こそあれ、こうした変革の流れはいつの時代も企業組織と働く者に突きつけられてきた。生産性の向上は古くて新しい課題だ。
シンポジウムで見えてきたのは働く人たちへの「新しい場の創造」ではないだろうか。基調講演の岸博幸氏が、イノベーションを「新たな組み合わせ」と表現したが、これは技術だけでなく人にも当てはまる。
理系と文系、日本人と外国人、営業職と技術職。若者とシニア。登壇者、パネリストの多くから「交流」についての発言があったことからもうかがえる。裏返せばコミュニケーションへの渇望であり、それと真剣に向き合うことがブレークスルーの端緒となるはずだ。
アイデアはどこで生まれ、そのアイデアを昇華させる舞台をどう作り上げるのか。新しい時代を迎えるこの時期に多くのヒントを得たように思える。