2019.09.27

【抄録】働き方改革、ウェルビーイングとテクノロジーで進化
日本経済研究センターとの共同研究・最終報告セミナー

日経Smart Workプロジェクトの「スマートワーク経営研究会」では、第一線の学識経験者らが集まり、プロジェクトの一環で手掛ける企業調査を検証することで、多様で柔軟な働き方やイノベーションを通じた企業の生産性向上を導く要因を実証的に分析し、知見を広く発信してきた。今般、最終報告がまとまったのを機に、「働き方改革、進化の道筋~生産性向上に資するテクノロジー、ウェルビーイング~」と題したセミナーを9月27日に東京都内で開催。働き方改革を通じて企業の生産性をどう伸ばし、利益率を高めていくのかについて、研究会のメンバーが報告するとともに、企業が取るべき施策について、先進企業の人事担当者を交えて議論した。

テレワーク、企業の業績向上に寄与

調査は人材活用力、イノベーション力、市場開拓力の3要素に着目して企業を評価。3要素が相互に連関して組織のパフォーマンスを決める、との前提で分析を加えた。今回の研究報告では、慶應義塾大学大学院商学研究科教授の鶴光太郎氏、慶應義塾大学商学部教授の山本勲氏、学習院大学経済学部准教授の滝澤美帆氏が登壇した。

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「業績向上にはウェルビーイングが重要」と慶應義塾大学大学院商学研究科教授の鶴氏

まず同研究会の座長でもある鶴氏が最終報告全体を俯瞰・総括した。663社が回答した第2回調査(2018年)を、602社が回答した第1回調査(17年)と連結し、2時点間のデータを比較検証することを通じ、企業の人材活用・働き方改革関連施策が企業業績にどう影響するかについて因果関係を推定しつつ分析できると指摘。従業員のやりがいや、活力・熱意・没頭といった要素で示されるワークエンゲージメントや、肉体的・精神的な健康をも合わせた概念として「ウェルビーイング」を最終報告のキーワードとして提示し、企業戦略にとっての重要性を指摘した。併せて、新たなテクノロジーを働き方改革の推進のために活用することが企業の業績向上に寄与すると解説。とりわけテレワークが非常に重要だと位置づけ、詳しく分析を加えた。

鶴氏は滝澤氏と共同で行った回答企業のデータ分析を通じ、いわゆるジョブ型正社員やフレックスタイムの活用は時間当たり生産性の向上に効果的だと分析。一方で、労働時間の適正化や人材の流動化などは企業の利益率を高めるうえで効果が高いと説明した。

次いで登壇した山本氏は働き方改革が労働者にもたらす影響について分析した。所定内労働時間を減らしたり、残業時間の減少分を手当てとして補填したりといった施策は労働時間の減少に寄与すると指摘。労働時間の減少でオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)をはじめとする研修を通じた人材育成に支障が出るとの懸念に対しては、特に若年層や創意工夫が必要な職種について自己研鑽が増えているとの反証を示した。

働き方改革は従業員のウェルビーイングを高めるとも指摘。仕事のやりがい、企業への定着志向、ワークエンゲージメントというウェルビーイングの3つの指標が、①ダイバーシティー推進②柔軟な働き方③健康経営――によってどう変化するかを、企業が回答するスマートワーク経営調査と、従業員を対象としたビジネスパーソン(BP)1万人調査の組み合わせで分析。ダイバーシティーについては顕著に、また柔軟な働き方、健康経営についても有意に、それぞれプラスの影響があることを導き出した。「十分に従業員のウェルビーイングを高める効果があることが示唆された」(山本氏)。

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慶應義塾大学商学部教授の山本氏は働き方改革がウェルビーイングを高めると説明

一方、新しいテクノロジーと働き方についても分析した。業務の自動化に関するテクノロジーのうち、機械学習中心のAIについては労働時間の削減に寄与すると指摘。チャットボットの自動対応、自動テキストデータ化、言語処理を通じた自動対応などでも労働時間の減少傾向がみられるとした。企業、従業員双方の回答の分析を通じ、労働時間の減少分は人にしかできない高度な仕事に振り向けられているとの解釈を示した。また、コミュニケーション支援に関するビジネスチャット、クラウド、SNS、フリーアドレスについて、また人事関連データ活用なども含め、山本氏は「新しいテクノロジーを使うと労働時間が減る可能性がやはり出てきている」とし、テクノロジーが働き方改革のツールになり得ることを示唆した。

研究報告の最後に登壇した滝澤氏は、ウェルビーイング、テクノロジーについて、働き方関連施策についての企業、従業員の認識の差に関する分析の結果を解説した。スマートワーク経営調査とBP1万人調査のマッチングを通じ、両調査に共通する質問に対する企業と従業員の回答を比較。企業側の認識が従業員にどの程度浸透しているかを「ギャップ」と位置づけ、その変数をもとに労働生産性、時間当たり付加価値額との関係を分析した。その結果、企業と従業員の認識のギャップが小さいほど労働生産性が高まると結論。ギャップが小さい企業はテクノロジーを多く導入しているとの分析結果を明らかにした。

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学習院大学経済学部准教授の滝澤氏は全従業員にテレワークを開放するべきと指摘した

また、鶴氏と共同で実施したテレワークに関する研究結果にも言及した。2017、18年調査を踏まえ、在宅勤務、サテライトオフィス勤務、モバイルワークなどが急速な普及段階にあると指摘。BP調査の結果から、営業職など社外の人との関係が重要だったり、イノベーティブな仕事をしていたりする人はテレワークを活用しやすいという仮説について、データを基に実証した。テレワーク活用が生産性を上げることを目的にしているとの考え方に基づき、育児や介護にかかわっている人にとどまらず、全従業員にテレワークを開放することが重要だと強調。懸念される残業時間の増加については、統計的に有意な関係は見られなかったと付け加えた。

社会的意義を持たない企業は生き残れない

続いて、デロイト トーマツ コンサルティング執行役員の小野隆氏が「ソーシャル・エンタープライズへの進化:人間中心の組織改革 〜グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2019のご紹介〜」と題して講演。個人が活躍することで社会的課題の解決に寄与することが期待される企業像「ソーシャル・エンタープライズ」における人事、組織のあり方について語った。同社が毎年グローバルで実施している調査を基にした「グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド」から、企業は単に収益を上げることではなく、世の中や消費者から評価され、社会的な意義を持たないと生き残れない時代になりつつあると指摘。新たなテクノロジーも活用しつつ仕事内容の変化をとらえ、従業員個々の職務を再設計しながら人事制度も抜本的に見直していくことが欠かせないとした。

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「スーパージョブの台頭が予測される」とデロイト トーマツ コンサルティング執行役員の小野氏

小野氏は、世界的な人の不足を背景にRPAなどテクノロジーの導入が進む一方、ジョブ型の仕事を取り入れる企業が増え、仕事そのものが変化していく中で、仕事を目的からとらえ直して仕事を再設計するような職務「スーパージョブ」が台頭すると予測した。デジタルトランスフォーメーションなどの流れの中で必要な人材要件が大きく変化し、知識・スキルの陳腐化も早まる中で、人材のリスキルが企業の課題になると話した。具体的な方法として、副業、留職、社外留学といった機会を従業員に提供することなどを通じて、より開かれた人材マネジメントが必要だと説明。従業員が学びながら仕事をしたり、インプットとアウトプットを両立できたりするような仕事の環境を、パーソナライズされた研修や育成機会を通じて準備していく必要性が高まると見通した。

従業員が活力を体感できる改革を

セミナーの締めくくりはパネルディスカッション「トップランナーに学ぶスマートワーク経営」。パネリストとしてサントリーホールディングス(HD)執行役員ヒューマンリソース本部長の神田秀樹氏、ソフトバンク人事本部本部長の長崎健一氏、慶大の山本氏と学習院大の滝澤氏が登壇し、モデレーターは研究会座長で慶大院の鶴氏が務めた。

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サントリーHD執行役員の神田氏は現場の推進リーダーが働き方改革を主導したと解説

まず、サントリーHDの神田氏が、主にウェルビーイングへの取り組みに関連して同社の取り組みを紹介した。米ビーム社の買収などでグローバル展開が急速に進む中、約4万人の従業員の多様な「個」が響きあうために進めている働き方改革、健康経営、ダイバーシティー経営について説明。健康経営とともに車輪の両輪となる働き方改革については、16年にまとめた経営戦略を基に①生産性の向上②ワークライフバランスの実現③健康・活き活きの実現――を掲げ、コアタイムの撤廃など思い切った改革を進めたと話した。全社で400人の「働き方改革推進リーダー」を設けて現場主導の改革を進めた結果、年間2000時間超だった総労働時間が昨年は1906時間に減ったことなどを明かした。ダイバーシティー経営については、性別、国籍、年齢と並ぶ「壁」と位置付けるハンディキャップに関し、知的障がいを持つ社員が活躍する組織「コラボレイティブセンター」を昨年設立した事例を挙げた。

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「モバイルワークには完全ペーパーレス化が不可欠」とソフトバンク人事本部本部長の長崎氏

ソフトバンクの長崎氏は、生産性向上に資するテクノロジー導入には2つのステップがあったと振り返った。1つ目のステップはモバイルワークとペーパーレス。iPhoneを発売した2008年が契機になったとし、モバイルワークに欠かせない完全ペーパーレス化を11年に実現したこととともに併せてステップ1になったと述べた。さらに、17年から本格的に進めたRPA、AIなどの導入を2つ目のステップとして挙げた。働き方改革を踏まえ、「Smart & Fun!」の掛け声のもとで、メリハリのある働き方やITを導入して新規領域に取り組むための時間を確保。クリエイティブな仕事を推進する狙いでテクノロジー導入を進めたと語った。RPAを活用してルーティンワークを自動化したり、紙文化を脱することで誰もが情報を共有できたり、と具体例を列挙。新たなテクノロジーの活用に今後取り組む企業に対し、ステップ1の土台があってこそステップ2を実現できたと強調した。

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働き方改革のトップランナー2社のプレゼンテーションを基に議論を深めた

まとめとして鶴氏は「ウェルビーイングへの取り組み、新たなテクノロジーの活用ということで両社にお話を聞いたが、図らずも共通項が見えてきた」と指摘。その一つとしてサントリーの神田氏による「活き活き」と、(ソフトバンクの)長崎氏の「Fun」という言葉を挙げ「従業員がそれを感じることができなければダメだ、ということが根本的に重要だと強く思った」と議論を締めくくった。

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