「人的資本経営フォーラム2025」
2025年12月に開催された「人的資本経営フォーラム2025」では、人手不足が深刻化する中、高スキル人材を獲得して育成することが企業経営にとって重要な課題となっていることをテーマに取り上げた。人的資本の好循環をもたらすポイントについて、調査結果の分析と先進的な企業の事例による講演が行われた。

2025年12月に開催された「人的資本経営フォーラム2025」では、人手不足が深刻化する中、高スキル人材を獲得して育成することが企業経営にとって重要な課題となっていることをテーマに取り上げた。人的資本の好循環をもたらすポイントについて、調査結果の分析と先進的な企業の事例による講演が行われた。
日経スマートワーク経営プロジェクト開始の2017年から現在まで調査データを使った理論研究に関わっている。生産性と有形の資産の投資、人的資本投資を含む無形の資産の投資に関する研究に取り組む中で、多くの国内企業が採用難とスキル不足の二重の制約に直面していることを実感している。世界規模の高度専門人材の争奪も厳しくなっている。一方で、人を育てる企業には人が集まり、定着しているという共通点もある。
労働力の変化に関する独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)が公表した報告によると、労働力人口は2030年をピークに減少していく見通しとなっている。今回の調査結果でも、6割の企業で人材が不足をしているとの回答があった。種別で見ると、約5割の企業でビジネスアーキテクトやデータサイエンティストが大幅に不足していると答えている。一方で日米の勤続年数別雇用割合を見ると、日本は20年以上の勤続年数の割合が多い。つまり「辞めない国」となっており、内部労働市場に依存しすぎた結果、外部から採れない国になっているのではないか。
企業におけるスキルのミスマッチについては、OECDの調査では日本の労働者の約29%が自分のスキルの一部が仕事に必要なレベルに達していないと回答しており、OECD平均である10%を大幅に上回っている。日本の労働者が不足と感じているスキルは、コンピュータソフトウェア関連のスキル、チームワークやリーダーシップが挙げられ、非効率な労働配分によってミスマッチが生じているのではないか。さらにデジタル化、高齢化によって経済構造が変化する中で、労働者のスキルが変化のスピードに追いついていないのではないか。過去30年の間、主要先進国と比べて日本の人的資本への投資は少なかったとの調査データもある。
人を育てる企業に人が集まり、定着して、結果として業績が高まる。その結果、さらに人財への投資ができる好循環が起きる。「日経サステナブル総合調査 スマートワーク経営編」の調査結果の分析に基づいてお話ししたい。
業績が良くなると企業に余裕が生まれるため、賃上げや教育訓練の機会の増加といった従業員への還元や再投資が可能になる。実際、生産性の高い企業ほどベースアップ率も高いとの分析結果が出ている。社員が大切にされ、成長できる会社だと評判が立てば、就職市場でも人気が出る。離職率が低下し、人材の流入が増え、優秀な人材が残っていくため、組織力が高まり、業績が伸びる良い循環が回り始める。
調査結果からは、エンゲージメントが高い企業ほど利益率が高いという傾向が2018年から一貫して見て取れる。エンゲージメントのスコアが上がるにつれ、利益率が高まることが好循環への第1ステップといえるだろう。
従業員の成長支援がもたらす離職率の低下をご紹介したい。2023年の調査では新たなテクノロジーの活用やデジタル人材育成に取り組む企業では、離職率が明らかに低いとの結果が示されている。今の会社で成長できれば、転職しない。
柔軟な働き方について見ると、現在、テレワークの継続と出社中心の二極化が進む中、新技術活用と従業員のデジタル研修に積極的な企業ほど在宅勤務率が高い。
また、企業が女性を含む多様な人材を長期戦略として確保し始めている傾向が見えている。2025年の報告書を女性の管理職比率や役員比率と企業パフォーマンス、企業業績の関係から分析したところ、女性管理職役員の比率が上昇すると、その翌年の労働生産性が上がる傾向が示された。社内役員の女性比率の上昇が、売上高利益率を高める相関が統計的に有意に出た。女性に限らず多様な人材が活躍できる組織は競争優位性が高まり、さらに優秀な人材を呼び込める良い循環が起きているのではないだろうか。
テクノロジー活用については、スマートワークを積極的に実施している企業、ダイバーシティや健康経営を意識している企業ほど、生成AIを活用しているとの結果が示された。人に投資し、新しい技術導入に前向きな企業は、生成AIもいち早く取り入れている。人的資本経営に熱心な企業は、デジタル革新にも積極的だと言える。
新技術の革新のスピードが速い中では、社員が新しいスキルを習得し続けることの重要性が増している。リスキリング関連の研修を実施する企業の割合は増加傾向にある。また、リスキリング施策導入数が多い企業群は、少ない企業に比べて労働生産性が高いことが統計的に有意な形で示された。
健康経営に取り組んでいる企業は利益率が高い傾向があり、従業員のウェルビーイング指標が向上するという分析結果も出ている。さらに株価の面でも健康経営銘柄のパフォーマンスは市場平均、TOPIXを上回っている。投資家は従業員を大事にする会社は将来性があると見ているのではないか。
人的資本経営にはさまざまな取り組みがあるが、何か一つやっていればよいというわけではない。包括的に実践する企業ほど総合的な経営力が高く、優秀な人材を引きつける傾向がある。強調したいのは、人的資本はすぐ効果が出るものではないということである。2~3年後に業績へ反映されたり、社内に浸透して成果が現れたりするなど、人的資本施策には往々にしてタイムラグが認められる。人的資本の好循環を実現するには、長期的視野で捉えることが不可欠だと言える。
特別講演では、サントリーホールディングス株式会社人財戦略部部長の小川良平氏が登壇し、人的資本経営の取り組みを紹介した。同社は日経スマートワーク経営の表彰で、5年連続で最高位であるスマートワーク殿堂入りを果たしている。※2026年2月に6年連続の殿堂入りが確定した。
サントリーは創業者鳥井信治郎の創業の精神である、“やってみなはれ”と“利益三分主義”を大切にしている。“やってみなはれ”は当時、日本人の味覚に合ったワインやウイスキーを作るという挑戦を後押しした精神だ。この言葉は、時代を超えてサントリーグループのDNAとなり、社員一人一人の次の一歩を後押しするドライブとなっている。また、事業で得た利益を、お得意先様、お取引先様へのサービスや社会への貢献にも役立てる “利益三分主義”を掲げる。
サントリーグループの売上高と要員数は、現在は海外比率が50%を超え、グローバルに活動が広がっている。そのため2023年に世界共通の企業理念を定め直した。『人と自然と響きあい、豊かな生活文化を創造し、「人間の生命の輝き」をめざす。』この目的を実現するために、すべての社員が達成すべき価値観を『Growing for good、やってみなはれ、利益三分主義』として掲げる。
人財マネジメントでこの企業理念を浸透させていくために、学びの社内プラットフォームである「サントリー大学」を作った。リーダーシップコンピテンシーをグローバル共通に定め、サントリー大学でリーダー育成なども行っている。オンライン学習「MySU」では、個々のニーズにあったプログラムで能力開発を行う。
グローバルでのタレントマネジメントについては、事業の判断を行う各エリア、各事業のトップ層を中心にリスト化。キータレントに対しては、経営人財・リーダー育成を目的とする研修を用意している。
国内人事戦略では、多様な事業とバリューチェーンにおける幅広いフィールドでの人事異動を通して様々な経験を積み、成長してほしいという考えがある。「やってみなはれ」精神はもちろん、「生涯イチチャレンジャー」としての研鑽を重ねていく。その結果、社会やお客様に高い価値を提供し、会社業績や社員のエンゲージメントを向上させることが高い採用競争力につながり、多様な人材が集まるサイクルになると考えている。
人財育成で土台になるのが、人を大切にする数々の仕組みと、社員の関係を中長期視点で捉え、活躍やチャレンジを促すことだ。“人材は原酒と一緒や。短期で決めつけたらあかん。長い目で見てやらなあかん。”という2代目社長の佐治敬三の言葉にも表れるように、創業以来、人こそが最も重要な経営基盤であると考え、中長期的な視点を持ち続けてきた。
一方、社内で人財マネジメントにおける課題を議論していく中で、一律マネジメント、実力本位の形骸化、キャリアオーナーシップの未浸透、人財交流の不足といった課題が浮かび上がり、人財マネジメントの基本思想を整理した。
基本思想では、会社と社員との関係を中長期的に捉え、“すべての社員の活躍”を目指すことを重視している。ベースとなる考え方は、「キャリアオーナーシップ」と「生涯イチチャレンジャー」だ。環境変化が激しい中、これまでのような一本線のキャリアでは成り立たない。人生100年時代の真ん中である50歳を迎えた時に複数の選択肢や専門性を持ち、社内外で活かしていける、また自分で考え実行し、研鑽を重ねることがキャリアオーナーシップに繋がる。会社は全ての社員に役職や年齢に関わらず、成長し続けるよう支援する。
キャリアオーナーシップの推進のために、全世代向けにキャリアビジョン面談を中心とした多様な施策を展開している。中堅層以上向けには、今後どのように自分がなりたいのか、キャリアワークショップなど内的キャリアを考える機会を提供している。
キャリアオーナーシップの意識付けと情報提供のために、全社員向けに2024年からキャリアビジョン準備セミナーを実施。キャリアオーナーシップの重要性を説明した上で、キャリアやライフに関する情報サイトなどを活用している。様々な部署が自部署を売り込む機会「BUSHOFO」は、55部署が出展し延べ6600人が参加する大きなイベントに成長した。WEBで参加できるようにし、自分の興味がある部署の情報を自ら取りに行く機会として重宝されている。
現場と人事が一体となった人財育成をしていくために、現場に権限委譲し、全マネージャーが一人一人のメンバーの今後の育成プランを議論する“育成会議”の仕組みも強化した。部門全体の全部長が集まり中長期キャリアを踏まえた育成のポイントについて議論し、議論の内容をシステムに記録する。異動後も育成に連続性を持たせることで、複眼的に育成方針を検討できるようになり、より良い計画が立てられるようになった。マネージャーも直属配下のメンバー以外についても議論することで他部署のメンバーへの興味が広がり、育成意識が部署全体としても高まっていると手応えを感じている。
世代別の施策としては、若手は入社以降“10年3仕事”を方針として掲げている。10年のうちにビヨンドと呼ぶ部門を超えた大きな職務の変化を最低1回経験する。KPIを設けて2030年には10年3仕事の経験率100%を目指している。
また、未来経営塾といった30歳前後の若手キータレントを選抜して様々な学びの場を設けている。手上げの機会では、海外トレーニーや社内ベンチャー制度のフロンティア道場など成長を促す多様な場を提供している。
シニア層については、離職率が低く、再雇用率が高い中で、処遇の改善に踏み込んだ。2013年に世間に先駆けて定年65歳まで延長した。導入から10年が経ち、2024年には65歳まで存分に力を発揮してもらうための処遇へさらに改定。シニア層の手上げの機会も充実させ、経験スキルをお客様志向の経営推進やビジネスプロセス改革に生かすための公募、地方自治体への社外公募なども実施している。
人と人の繋がりを大切にする上で、インターンシップ採用、退職後の交流も活発だ。ファミリーメンバーとしての一体感醸成のためのイベントも開催している。各部門・組織を率いる立場である役員への意識啓発や男性育休取得推進、障がいを持った方の活躍を推進する取り組みなどを通じ、目指す組織風土を実現するための活動を進めている。世の中への価値提供、そしてそのベースとなる社員と会社の成長。その実現の源が従業員、そして家族も含めた一人ひとりの心身の健康であるとの考え方に基づき、2016年に健康経営宣言を制定した。
注)講演者の肩書、講演内容は2025年12月時点のものです。