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日経スマートワーク大賞2021

多様な働き方を後押し 革新に挑む先進企業

日本経済新聞社は、働き方改革を通じて成長を目指す先進企業を選ぶ「日経スマートワーク大賞2021」を決定し、表彰式を開いた。大賞のトヨタ自動車をはじめ、IT(情報技術)を活用しながら従業員の多様な働き方を後押ししてイノベーション(革新)を起こそうとしている7社の取り組みを紹介する。

大賞 トヨタ自動車

市場開拓・交流 積極的に

トヨタ自動車は他社に先駆けて導入したサブスクリプション(定額課金)サービス「KINTO(キント)」の取り組みなどが評価され、大賞を獲得した。評価軸のうち、イノベーション力と市場開拓力で最高評価を得た。スマートシティー(次世代都市)の共同開発に向けてNTTと組むなど、積極的な他社との交流も高評価につながった。

トヨタは2019年3月に、毎月定額の料金を払うと一定期間新車に乗れる新サービス「キント・ワン」を始めた。車を月額制で所有できる新しい取り組みは市場に歓迎された。20年の申し込みは1万件を超えるなど好調で、ホンダや日産自動車もサブスクに参入するなど他社も追随する。

スマートシティーなど先進的な取り組みにおける柔軟な連携戦略も評価につながっている。トヨタは20年3月にNTTとスマートシティーの共同開発に向けた資本・業務提携を発表した。21年2月には静岡県裾野市でスマートシティー「ウーブン・シティ」に着工した。自動運転やコネクテッドカー(つながる車)といった車の次世代サービスを核に、都市全体を大規模開発する計画だ。

イノベーションを生む施策として、新興企業や研究機関との連携にも意欲的だ。「空飛ぶ車」では米スタートアップに出資した。

組織面では、外国人役員や管理職の積極的な登用による社内の多様性や、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入による事務作業の効率化なども評価された。RPAで定型的な業務を自動化することで、社員が生産的な仕事に集中できる環境づくりを進めている。

キントでは3~7年契約があり、途中で乗り換えることもできる

キントでは3~7年契約があり、途中で乗り換えることもできる

大変革の時代、原点に立ち戻る
早川茂副会長早川茂副会長

自動車業界は100年に1度といわれる大変革の時代に突入しており、当社も生き残りをかけて自動車会社からモビリティー会社へのフルモデルチェンジに挑戦している。これはまさに、従業員一人ひとりが働き方を大きく変えるということでもある。

会社を変えていくうえで、過去の成功体験は障害になる。抜本的な働き方の見直しを進めているがなかなか思うようには進まない。国のため、自分以外の誰かのためにというトヨタの原点に立ち戻って、全ての働き方を見直していく。

新型コロナウイルスによる危機も、社員一人ひとりの意識を変えるチャンスだと捉えている。こうした中でこのような賞をもらえたことは当社の従業員の意識や企業風土を変える上で励みになる。

いま一度、モノづくりを通して国や国民に貢献していく「産業報国」というトヨタの原点に立ち戻り、経営理念である「トヨタフィロソフィー」としても掲げた「幸せの量産」を使命とする会社に生まれ変わるよう努力を続けていく。

審査委員特別賞 AGC

部門を超えて高め合う社員

AGCは新事業を創出するイノベーション力が飛躍的に向上した点に評価が集まり審査委員特別賞に決まった。部門を超えて社員同士が交流する活動を推進。社員が自発的に行動する機会を増やし、現場からイノベーションが生まれやすい環境づくりに注力している。

例えば、社長をはじめとする経営陣は海外も含む各地の従業員と数百回を超える集会を開き、現場の課題に耳を傾けた。「チャレンジし続ける会社」をテーマにした合宿には若手から中堅、経営層まで参加し、交流を活発化させている。

同じスキルを持った社員が部門を超えて集まり、お互いを高め合う活動も推進する。スキルの向上を目的とした勉強会を社員が自ら立ち上げて会社から支援してもらう仕組みを整えた。

同社は既存のガラス事業などを深掘りしつつ、新規事業を探索する経営を追求している。近年は最先端の微細化技術の「EUV(極端紫外線)」に対応した半導体材料や医薬品の製造・開発受託など新規事業が成長しており、収益構造の転換も進んでいる。

最先端の微細化技術のEUVに対応した半導体関連材料など新規事業を成長させる

最先端の微細化技術のEUVに対応した半導体関連材料など新規事業を成長させる

従業員が誇り持てるように
平井良典社長平井良典社長

当社は「両利きの経営」を実践する企業としてスタンフォード大学とハーバード大学のビジネススクールで取り上げられた。両利きの経営とは、既存事業の深化と新規事業の探索を同時に同一組織で成立させるものだ。

この考えを提唱したスタンフォード大学のオライリー教授いわく、成功の秘訣は組織カルチャーだという。チャレンジする会社に向けた企業カルチャーの醸成が認められたものと考えている。経営陣と従業員との数百回に及ぶ対話集会、部門を超えて互いを高め合う部門横断ネットワーク活動、若手・ミドル・経営陣が一緒に行う合宿などの取り組みが評価された。

当社は先日「2030年のありたい姿」として、独自の素材・ソリューションを提供し、サステナブル(持続可能)な社会に貢献するとともに、継続して成長・進化する会社でありたいと宣言した。その実現の原動力となるのは、当社グループ5万5千人だ。従業員が高い誇りと前向きの気持ちを持ってチャレンジし続けられるような環境、カルチャーをつくっていくのが経営陣の仕事だと思っている。

審査委員特別賞 富士フイルムHD

「第二の創業」 既存の技応用

富士フイルムホールディングスはイノベーション力や市場開拓力が評価され、審査委員特別賞を受賞した。

同社の主力製品だった写真フィルム市場は、デジタルカメラの普及に伴い、2000年をピークに急速に縮小した。「第二の創業」を掲げて写真フィルムの技術を応用し、医療関連や半導体材料などの事業を育成してきた。

例えば写真フィルムで培ったエンジニアリング技術を生かし、バイオ医薬品の開発・製造受託に参入。世界シェアは十数%で、2位グループの一角を占める。新型コロナウイルス感染症の治療薬やワクチンの製造を受託し、収益を拡大している。また高度な材料技術を生かし半導体材料も生産。在宅勤務の拡大や高速通信規格「5G」の本格稼働、人工知能(AI)の普及に伴い半導体需要が増え、同社の半導体材料も販売が伸びている。

また日米欧に同社の技術や材料、製品に触れられるオープンイノベーション拠点を開設。社外との積極的な連携を通じ、新事業の創出にも力を入れている。

新型コロナではワクチンや治療薬の製造を受託した

新型コロナではワクチンや治療薬の製造を受託した

変化を予測、未来起点に
助野健児社長助野健児社長

かつて本業だった写真フィルム市場の急激な縮小という会社存続の危機に直面しながらも、事業構造の転換により成長を続けていることを高く評価していただいたと思う。

現在15事業を展開しているが、一見すると関連がないと思われる事業同士も、実は技術面では地中の根のごとくつながっている。例えば、バイオ医薬品の開発・製造受託事業は、写真関連で培ったエンジニアリング技術が生かせると考え、2011年に参入した。今やこの領域で世界の主要プレーヤーだ。

当社は社会課題の解決を経営の根幹に据え、新型コロナウイルス禍でも治療薬候補のアビガンの生産やワクチン候補原薬の受託製造など、世界が必要とする製品・サービスを提供する。

私は社員に対し、3年先、5年先に社会がどう変化するかを予測し、未来を起点に、今やるべきこと、足りないものを整理して準備する「バックキャスト思考」を求めている。これまでも将来の市場動向を想定して先手を打ってきたように、これからも常に価値ある製品・サービスを開発・提供し続け、社会に変化をつくり出す企業となるべく挑戦したい。

人材活用力部門賞 アフラック生命保険

働き方改革 企業文化醸成
古出真敏社長古出真敏社長

保険のリーダーであり続けるとともに、ヘルスケアの分野でお客様をトータルにサポートしていくことを目指している。社員がこれまでの考え方にとらわれることなく、変化を先取りして新たな価値を創造していくようなイノベーション企業文化の醸成が不可欠である。ダイバーシティー(多様性)と働き方改革で企業文化の醸成に取り組んできた。

時間外労働の削減はダイバーシティーと一緒に取り組むことによって、単に時間を減らすのではなく、本当に働き方を変えていかなくてはいけないんだという意識が社内に浸透した。コーポレートガバナンス(企業統治)改革やデジタルトランスフォーメーション(DX)などの取り組みとも相乗効果を発揮し、今大きく会社が変わる手応えを感じている。

イノベーション力部門賞 ダイキン工業

パートナーと混然一体で
河原克己執行役員河原克己執行役員

デジタル革命やSDGsへの対応といったパラダイムシフトが起こる中で、オープンイノベーションの推進を評価していただきうれしく思う。急激な変化に対応して生き残るためには、自前主義へのこだわりを捨てる抜本的な意識改革が必要だ。

単に外部から技術を獲得するのではなく、パートナーと一緒にビジョンを考え、互いの人材が混然一体となるような「協創イノベーション」に取り組んでいる。

東京大学とは共同研究やインターンシップなどを通じて、2年間で1000人以上の人材交流が進んでいる。東京・丸の内に立ち上げたコワーキングスペースの会員数は1700人まで拡大した。今後も多くの大学、異業種、ベンチャー企業と連携し、イノベーションの実現に向けて尽力していきたい。

市場開拓力部門賞 楽天

DXのロールモデルへ
平井康文副社長平井康文副社長

ブランド力とテクノロジーを活用した市場開拓力を高く評価いただき光栄だ。楽天は電子商取引(EC)事業、フィンテック事業、モバイル事業など70以上の事業を展開している。その利用者は日々楽天ポイントを活用しており、楽天の事業モデルはメンバーシップ事業といえる。

技術面では、多様な部門や業務でデータを活用する「データ活用の民主化」を推進している。4年にわたり、全役員でデータと人工知能(AI)について語り合うサミットを開催してきた。

また私が統括する開発部門では、日本に約3200人のエンジニアがおり、その半数以上が外国籍だ。

企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を目指すなか、楽天はDXのロールモデルとなり続けられるように努めていきたい。

テクノロジー活用部門賞 ソフトバンク

AI活用、仕事スマートに
宮内謙社長宮内謙社長

「Smart&Fun!」というスローガンを掲げる。テクノロジーの力を徹底的に活用し仕事をよりスマートにし、仕事が楽しくて仕方がない「Fun」をつくる意味だ。ネットワークの構築やメンテナンスなどに人工知能(AI)を徹底的に使うのがスマート化の一番のポイントになる。

スマートフォン決済「PayPay(ペイペイ)」は開始から約2年でもうすぐ4000万人のユーザーに達するほどすごい勢いで伸びてきた。市場開拓もテクノロジーそのもので、次から次へと事業を開発している。

昨年末に東京・竹芝のスマートビルに本社を移転した。ビル全体を実験場としてセンサー約1300個やカメラなどをつけスマートスタイルで仕事ができる環境をつくった。次は竹芝地域全体のスマート化も目指したい。

審査委員長 清家篤氏

コロナ化の困難 乗り越え飛躍を

今回は回答企業が710社に増え、組織のパフォーマンスを高める働き方改革に力が入っていることを改めて確認した。全ての回答企業が高いポテンシャルを持っていると思う。その中から人材力を高める取り組みやイノベーション力、市場開拓力などを総合的に審査し、次世代をリードするエクセレントカンパニーとして受賞企業を選んだ。

少子高齢化が急速に進む日本が経済競争力を持ち続けるためには、生産性の水準の改善が不可欠だ。新入社員からベテラン社員まで、一人ひとりが働きがいや成長を実感できる環境を整えることによって、企業の競争力を高めて持続的な成長を実現する。

新型コロナウイルスの流行が私たちの働き方を大きく変える中で、スマートワーク経営の重要性はさらに高まるだろう。多くの企業に向けてスマートワークの先例を示すことで、日本経済全体の底上げにもつながると思う。受賞された企業の皆様が、さらに経営力を高めて、困難な時代を乗り越えて飛躍することを期待している。

サントリーHDは「殿堂入り」

サントリーホールディングスは第2回、第3回の大賞を連続受賞し、第4回となる今回も調査結果は最高ランクの評価だった。この実績に対し、各賞とは別に連続受賞企業のみが入ることができる「日経スマートワーク殿堂」を新設し、「殿堂入り企業」第1号として選出した。

総合ランキングで最高ランクの5つ星(偏差値70以上)を3年連続で獲得。人材活用力、イノベーション力、市場開拓力の3部門についても、3年連続で最高水準の「S++」だった。

とりわけ人材活用力では、女性、シニア、外国人の活躍を促す施策でダイバーシティーを推進。在宅勤務やモバイルワークなどの制度や環境を整え、多様な働き方を実現している。

日経スマートワーク大賞2021の受賞企業

概要

スマートワーク経営とは、多様で柔軟な働き方を通じて人材や組織のパフォーマンスを高めるとともに、イノベーションを生み、新たな市場を開拓し続ける好循環を作り出すことで生産性を最大化する経営戦略を指す。日経グループはスマートワーク経営を実践する企業を新しい「日本の優れた会社」として評価するため、企業の競争力を様々な側面から解析する日経スマートワーク経営調査を毎年実施し、その結果をもとに「日経スマートワーク大賞」表彰企業を選定している。

・大賞
「人材活用力」「イノベーション力」「市場開拓力」「テクノロジー活用」など企業の成長に不可欠な力を総合的に評価し、最も優れた企業に贈る。

・審査委員特別賞
大賞に準ずる企業や特定の分野で際だった取り組みをしている企業、飛躍的に成果を高めた企業に贈る。

・人材活用力部門賞
多様で柔軟な働き方の体制を整え、人材の能力を最大限に引き出している企業に贈る。

・イノベーション力部門賞
国内外の企業や大学との連携、知的財産の活用、情報化投資、新製品の寄与度などを総合的に評価。

・市場開拓力部門賞
市場開拓の実例やSNSなどのコミュニケーション策、顧客満足度、市場シェアなどを総合的に評価。

・テクノロジー活用部門賞
各部門で調査したテクノロジーの活用についての効果検証を総合的に評価。

・審査委員長
清家篤 氏(日本私立学校振興・共済事業団理事長)

・審査委員
坂東真理子 氏(昭和女子大学 理事長・総長)
鶴光太郎 氏(慶応義塾大学大学院商学研究科教授)
ロバート・アラン・フェルドマン 氏(モルガン・スタンレーMUFG証券 シニアアドバイザー)
石黒浩 氏(大阪大学大学院教授)

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