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働き方改革と健康経営、働きやすい職場を考える
~個人と組織で考えるこれからの働き方と生産性向上~

働き方改革が進む中、各企業では従業員の健康管理に戦略的に取り組むことが求められており、社員の健康支援や、仕事の効率を落とすプレゼンティーズム(勤務中の疾病状態)などが課題となってきた。11月12日に開催された日経ビジネススクール特別セミナー「働き方改革と健康経営、働きやすい職場を考える」(主催:日本経済新聞社 人材教育事業局 共催:ノバルティス ファーマ株式会社メディカル本部)では、健康経営の意義や、生産性を低下させる花粉症への対応、労働環境整備の実例などをテーマに活発な議論が展開された。

講演1

生産性を向上させる新しい働き方と人事の変革
健康経営で利益率上昇
鶴 光太郎 氏慶應義塾大学大学院商学研究科 教授
鶴 光太郎 氏

長時間労働への反省から始まった働き方改革だが、単純な残業削減では、企業業績や従業員賃金も低下してしまう。そこで、働き方改革と生産性向上との両立が叫ばれ、さらに、従業員の働き方改革への深い理解や、ウェルビーイングの向上が注目されている。

ウェルビーイングとは「肉体的、精神的、社会的な状態の良好さ」を指す概念で、日本経済新聞グループが運営する「スマートワーク経営研究会」では、その指標に(a)仕事のやりがい、(b)企業定着志向、(c)ワークエンゲージメント(仕事への活力・熱意・没頭)の3つを採用している。

さらに同研究会最終報告書の慶應義塾大学・山本勲委員の分析によれば、どのような働き方が「企業業績を向上」させ「従業員のウェルビーイングを高める」かを、①ダイバーシティ(人材の多様性)②柔軟な働き方③健康経営の3つの施策から分析している。

結果、施策の①、②では企業業績に明確な向上は見られなかったが、③の健康経営の実施後は、企業の利益率が上昇する傾向が見られた。

一方、従業員のウェルビーイング向上では、施策①実施後、(a)仕事のやりがい、(b)企業定着志向、(c)ワークエンゲージメントの3つともが向上。②、③実施後は(a)、(b)が有意に高まるとわかった。

こうした調査や分析から、健康経営や生産性について、いくつかの含意が挙げられる。例えば、残業減少によって生まれた余暇を充実させ、私生活のウェルビーイングを高めている従業員の生産性向上が期待できることだ。

また、余暇に健康増進のため運動している人ほど、より自己研さんに取り組む傾向にある。企業は、従業員の公私のウェルビーイングについて、考える必要があるだろう。

長期休暇は健康経営の柱の1つだ。長期休暇によるリフレッシュはウェルビーイングのみならず、従業員の創造性やイノベーティブな力を高める副次的効果もある。

健康経営の実施に当たっては、それが従業員の健康改善にどの程度結びついたか、企業がどれだけメリットを得たかを明確に測定し、データを分析すべきだ。これにはウエアラブルデバイスや人工知能(AI)の活用が望まれる。

健康経営は、日本全体をよりよい社会に導く1つの方策だ。政府、経営者、従業員が広い視野で一体的に取り組むことを期待する。

講演2

社員の生産性低下を防ぐために取り組むべき花粉症マネジメント
損失月額2万8500円にも
大久保 公裕 氏日本医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科 教授
大久保 公裕 氏

スギやヒノキなどの花粉を抗原として起きる疾病が花粉症だ。罹患者は国内約3800万人といわれ、春先、くしゃみや鼻水、鼻づまり等の症状に悩む人は多い。

花粉症は個人の生活の質(QOL)、さらに企業の労働生産性を著しく低下させる。私自身が携わった、厚生労働省の補助金事業「街頭における花粉症患者のQOL」調査では、「勉強・仕事・家事の支障」や「精神集中不良」「思考力の低下」「新聞や読書の支障」「倦怠感」などを訴える患者が多かった。

一方、花粉の飛散直前から飛散後4週、8週の、くしゃみや鼻づまりの度合いを聞き取った結果、花粉飛散の初期に治療を行った患者に有意な症状の改善が見られた。

花粉症は企業活動にも影響を与える。我々は、WPAI-AS(アレルギーによる作業能率の低下、活動性障害調査票)によって、それを確かめた。同調査では、普段の仕事時間と、アレルギーの影響による欠勤割合、アレルギー症状による効率の低下をヒアリング。抗ヒスタミン薬を投与した患者と、プラセボ(にせ薬)を与えた患者とを比較している。

まず調査では、花粉症の患者が思いのほか欠勤していないことがあきらかになった。花粉症は早退や欠勤、休職せざるを得ないアブセンティーズムをもたらす疾病ではなく、出勤はするがパフォーマンスが低下するプレゼンティーズムなものだ。

次に、抗ヒスタミン薬群とプラセボ群の調査では、両患者の生産性には8.91%の違いが見られた。これを単純に金銭換算するとどうか。月出勤日数20日、1日8時間労働で時給2000円として、これに効率低下の8.91%を乗じると約2万8500円となる。概算ではあるが、抗ヒスタミン薬の投与によって、1カ月にこれだけの損失を防ぐことができる。

治療法には、この抗ヒスタミン薬の他、舌下免疫療法や手術などがある。現在、学会のガイドラインでは、単一の治療法の推奨はしていない。それぞれの薬に特徴があり、個々の患者にとって向き不向きがあるからだ。

万人に同じ薬を処方するのではなく、年齢や職業、患者のQOLへの考え方などを踏まえ、投薬すべきだ。これによって、より高い生産性の実現が可能だと思う。

講演3

なぜDeNAは健康経営を始めたのか? ~社員の健康と生産性のつながり~
福利厚生ではなく成長投資
平井 孝幸 氏DeNA CHO室 室長代理
東京大学医学部附属病院22世紀医療センター研究員
平井 孝幸 氏

社内を見回すと、姿勢が悪く腰痛や肩こりで苦しんでいる社員が一部に見られた。元気な人を増やせば会社はもっとよくなるのでは……。

こうした問題意識から当社は16年、CHO(チーフ・ヘルス・オフィサー)室を設置。健康経営に着手した。ただし、健康経営の最終目的は社員の健康だけではない。その先の組織の活性化や生産性向上、業績向上である。

当社はCHO室設置前、現状把握のため、健康アンケートを実施した。社員の体調不良による企業の経済損失には、病欠などによるアブセンティーズムと、出社しているが生産性が下がるために起こるプレゼンティーズムがある。アンケートの結果、我々が注目したのは後者だ。

アンケートには「腰痛や肩こりで生産性が低下している」「睡眠に関する悩みがある」などの項目があり、同時に勤務時にどれだけ生産性が低下しているかを検証した。結果、本社オフィスに働く約2000人で、年間23.6億円もの経済損失が生じていると推計された。さらに花粉症や二日酔いなどによる生産性低下を加えると、プレゼンティーズムでの年間損失は推定約40億円、1人当たり約200万円に上る。

健康経営の具体的施策に社内セミナーがある。しかし、漠然と実施しても、健康意識がそもそも高い人ばかりが集まる。そこで、多くの社員が興味を持ち、積極的に参加したくなるよう、食事セミナーや運動セミナーではなく、「NY流最強の食事セミナー」や「運動×脳科学セミナー」と銘打ち、内容にも工夫を凝らした。また、「腰痛撲滅プロジェクト」や「腸内環境プロジェクト」のような課題解決型の施策も多く始めている。

効果が大きく見込めるのが新卒健康研修だ。若い人ほど意識変容や行動変容を起こしやすい。

取り組みのベースとしているのが「DeNA流健康取組5箇条」である。「笑顔」「前向き」「多様性」「継続」「連携」の5つがそれで、特徴的なのが「多様性」と「継続」だろう。

例えば、全社を挙げて禁煙をうたい、喫煙室を廃止するというようなことはしない。「多様性」を重んじ、趣味嗜好やライフスタイルに関する押しつけや禁止は慎んでいる。

また、健康経営を福利厚生とは捉えない。福利厚生であれば業績悪化時、真っ先に予算が削られる。健康経営は企業成長のための投資であり、「継続」した取り組みが大切であると考えている。

トークセッション

従業員とのきずな再構築  鶴氏
社内啓発で治療を促進   大久保氏
健康経営は効果の高い投資 平井氏

──働き方改革と生産性向上、さらにはウェルビーイングを同時に実現する具体的施策を聞きたい。

多様で柔軟な働き方の導入が生産性を向上させる。例えば、職務限定(ジョブ型)正社員やフレックスタイム制などだ。さらにICT(情報通信技術)の導入効果も大きい。テレワーク(在宅勤務)にも期待している。

平井腰痛や肩こりなど、身体の痛みによる生産性低下に関しては、決してそれを自己責任とせず、会社が何らかのサポートをすべきではないか。難しいのはメンタル面での問題を抱えた社員への対応だが、これには産業医の先生と連携して当たるべきだろう。

大久保花粉症に関していえば、治療によって生産性は上がる可能性が高い。ただ、医療へのアクセスはあくまで個人の自由。企業にできるのは、社内啓発を通じて、社員の病院での受診や治療をいかに促せるかだ。

──労働時間削減は賃金減少につながり、従業員の協力が得られないとの意見もある。

従業員が労働時間減少を喜ばないのは、職場以外の生活が充実していないことが1つの理由だ。賃金については、生産性向上とともに、会社と従業員とが考えるべきだ。

──花粉症以外にも生産性を低下させる疾病はあるか。

大久保プレゼンティーズムを考えたとき、生産性低下の原因としては花粉症以外ではストレスなどが考えられる。ストレスについても戦略的に企業で取り組むことが、今後必要となるだろう。

──健康投資はどれくらい効果があるか。またそれをどう評価するのか。

平井健康経営の評価には、WHOが開発したWHO-HPQなどスケールがある。一方で、健康経営がメディアなどに露出することによるブランディング効果など、企業にとっての副次的効果も大きい。

──最後にメッセージを。

平井健康経営はやり方さえ間違えなければ、効果の非常に大きな投資だ。ぜひ多くの企業に取り組んでほしい。

大久保健康面の改善には医療が大きな影響を与える。企業には、その下支えを担っていただきたい。

近年、従業員と企業との関わりが希薄になっている。企業と従業員とのきずなの再構築という意味でも健康経営は重要だ。多くの企業での推進を期待する。

※「健康経営」はNPO法人健康経営研究会の登録商標です。

トークセッション
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